2009年のムラゴンブログ

  • 「64年、許されぬ痛み・長崎被爆者・永野悦子」

    午前1時から、「ラジオ深夜便」(NHK)〈インタビュー「64年、許されぬ痛み」長崎被爆者・永野悦子〉を聴いた。永野氏は現在80歳、長崎被爆体験の「語り部」として、その悲惨な実態(この世の生き地獄)を中・高校生、若者たちに語り伝えているとのことであったが、タイトルにある「許されぬ痛み」とは何か。昭和20年8月、永野氏が16歳の時、鹿児島に疎開していた9歳の弟、13歳の妹を、長崎に「連れ戻し」に行った

  • 石原裕次郎という「男」(たち)

     52歳で他界した映画俳優・石原裕次郎の23回忌法要が国立競技場で営まれ、11万人以上の人々が参拝に訪れたという。私にとって、この「石原裕次郎」なる人物、何の感慨もわかないのだが、なにゆえ未だにそのような「人気」を保持しているのだろうか。兄の慎太郎は、言わずとしれた芥川賞作家、どうした風の吹き回しか、今は東京都知事としてオリンピック誘致に奔走している始末、何と「人間変われば変わるもの」である。兄弟

  • 「たんぽぽの歌」(富士正晴・河出書房新社・昭和36年)

     「たんぽぽの歌」(富士正晴・河出書房新社・昭和36年)読了。登場人物は、古田織部、豪姫、豊臣秀吉、蒲生氏郷、ウス、ジュンサイ、杵太郎である。千利休の切腹直後から、古田織部が徳川家康に殺されるまでのおよそ二十余年間のできごとを、「織部雑記帳」(織部の独白)、「ウス雑記帳」(ウスの独白)という形で描いている。といっても、それは、歴史(事実)の記述ではなく、利休亡き後、秀吉から茶頭に指名された織部と、

  • 「やましき沈黙」を強いる正体

     東京新聞8月29日付け朝刊(29面)に「本音のコラム やましき沈黙」(中谷巌)という記事が載っている。以下はその引用である。〈今年の夏にわたしが見た最高のテレビ番組のひとつは八月九日から三夜連続で放映されたNHKスペシャル『日本海軍400時間の証言』だった。(中略)ほとんどの当事者が「対米開戦なんて無謀だ」「特攻作戦を容認したことは間違いだった」と当時を振り返って語っている。しかし、意思決定の際

  • 「見捨てられる恐怖」(齋藤学「本音のコラム」東京新聞)

     精神科医・齋藤学氏が、「見捨てられる恐怖」という一文を書いている。(東京新聞朝刊・『本音のコラム』(25面)その中で、以下の内容がたいそう興味深かった。〈人の行動を動機づけるのは恐怖だ。(略)あらゆる恐怖の源には「見捨てられる恐怖」がある。そもそも私たちの精神活動はここから始まった。乳児はある瞬間、オッパイが自分のものではないことに気づく。「他者」なるものの認知の瞬間だ。夜となく昼となく母親(乳

  • 「ラジオ深夜便」(NHK)・《経済人・品川正治氏の卓見》

     午前1時から、〈「ラジオ深夜便」(NHK)・インタビュー・アンコール「日本のあす、私の提言~人間中心の経済運営とは」経済同友会終身幹事・品川正治〉を聴いたが、たいそう興味深い内容であった。品川氏の話を(私の独断と偏見によって)要約すると以下の通りである。①自分は今、86歳、その人生を大別すると「生まれてから22年間」「戦後の64年間」に二分される。②前半の22年間は、「大日本帝国憲法」下における

  • 東海道本線・《「汽車の窓から」(岩波写真文庫)》

     東海道本線で金谷に向かう。JR東日本「大人の休日倶楽部」の割引乗車券利用のため、東海道新幹線ではなく、「特急踊り子号」で熱海まで、以後は在来線・浜松行きで金谷まで、という行程である。  私が初めて鉄道旅行(単独)をしたのは、小学校4年(昭和29年)の夏休みであった。東京駅15・16番線ホーム発の鈍行「米原行き」、静岡まで約4時間の行程だったと思う。当時、「岩波写真文庫 汽車の窓からー東海道ー」(

  • 88歳女性の《決心》

     今年88歳になる女性の話。彼女は2年前に伴侶を亡くし(89歳で他界)たが、その七回忌までは生きようと思っている。最近、菩提寺(住職、檀家代表)から連絡があった。本堂の修繕をしたいので60万円の寄付をしてもらいたいとのことである。夫の生前中には100万円ほどの寄付をしたこともあったが、それは羽振りのよかった時代の話、今では事情が異なる。とてもそのような余裕はない。しかも、菩提寺の所在地は、新幹線に

  • 人はなぜ生きるのか

     人はなぜ生きるのか、複雑なことはわからない。動物だから、「死ねないから」生きるのだろう。「なぜ生きる」なんて考えないから、生きるのだろう。でも、「どうやって生きるか」ぐらいならわかる。人は「話して」生きるのである。今は亡き、落語の名人・桂枝雀が「饅頭こわい」という噺の枕で述べていた。「人間とは、唯一、無駄話をする動物である」。おっしゃるとおり、人が生きていくうえで、最も大切なものは「話し相手」だ

  • 「著作権」とは何か

     「著作権」とは何か。ブリタニカ百科事典によれば、〈文芸、学術、美術、音楽、劇に関する著作物を独占的に支配をして利益を受ける排他的権利のこと。特許権や商標権などとともに、人間の精神的な創作活動の所産であるため知的所有権または知的財産権とも呼ばれている。著作権は元来芸術家、出版者等を、著作物に対するあらゆる模倣から守る意図でもうけられた。著作権には、複製権、上演権と演奏権、放送権、有線送信権、口述権

  • 脱テレビ宣言・検証・《テレビ業界の一億総未熟化時代》

      「夫婦げんかは犬も食わない」というが、テレビ芸人の夫婦が「離婚」したところで「何の不思議もない」のに、ましてその原因が夫の「浮気」だったとすればなおさらのこと、〈陣内離婚“すべては僕の責任”浮気謝罪・・・紀香に未練涙浮かべた会見全容〉(日本テレビ・3月25日)などという番組を「垂れ流している」スタッフ並びにキャスト、加えてその視聴者(私自身も含めて)は、まさに「犬」以下の存在に成り下がった、と

  • 脱テレビ宣言・検証・掘り出し番組《「64年、許されぬ痛み」(NHKラジオ)》

        午前1時から、「ラジオ深夜便」(NHK)〈インタビュー「64年、許されぬ痛み」長崎被爆者・永野悦子〉を聴いた。永野氏は現在80歳、長崎被爆体験の「語り部」として、その悲惨な実態(この世の生き地獄)を中・高校生、若者たちに語り伝えているとのことであったが、タイトルにある「許されぬ痛み」とは何か。昭和20年8月、永野氏が16歳の時、鹿児島に疎開していた9歳の弟、13歳の妹を、長崎に「連れ戻し」

  • 脱テレビ宣言・検証・掘り出し番組《「鶴瓶の家族に乾杯」(NHK)》

     午後8時から、NHKテレビ「鶴瓶の家族に乾杯」という番組を視ていたら、以下のような場面があった。場所は福島県三春町の農家、鶴瓶が訪れた居間の奥に、百歳の女性が寝ている。鶴瓶は、その女性の枕元まで行き「鶴瓶と申します。突然おじゃまします。NHKの番組で、皆さんのお話を聞かせてもらおうとやって来ました。騒々しくなりますが、御承知ください」というような「話しかけ」をした。女性は「了解」の表情で応えた由

  • 脱テレビ宣言・検証・《ドラマ「警官の血」の評価》

     東京新聞の朝刊に目を通すと、芸能欄に興味深い記事が3本載っていた。いずれも、テレビドラマ「警官の血」(テレビ朝日開局50周年記念50時間テレビミステリー・ドラマスペシャル)の感想を述べたものである。その1、プロ・コラムニスト醍醐味氏曰く〈・・・まれに見る傑作だった。戦後六十年、正義のために生きた親子三代の警察官の闘いを二夜連続、五時間で描いた大作だ。(略)テレビドラマの可能性が実感できた作品だっ

  • 脱テレビ宣言・検証・《「酒井法子保釈」報道のバカ騒ぎ》

     東京新聞朝刊(14面)に「『酒井法子保釈』にTV報道過熱 民放素早く、NHKは夕方“参戦” ヘリで追跡の局も」という見出しの記事が載っている。昨日の夕方、私はとあるスーパー銭湯のサウナ室にいたので、その番組を(観たくもないのに、無理矢理、半強制的に見せつけられるという形で)「観ざるを得なかった」わけだが・・・。たしかに〈午後四時半、酒井被告が東京湾岸署の正面玄関に姿を見せると、一斉に同被告をとら

  • 脱テレビ宣言・検証・《「NHK受信料不払い問題」の“怪”》

     水道、電気、電話などライフラインに関する使用料金を滞納した場合、それらの物資、サービスが供給されなくなることは必定であろう。だがしかし、NHK受信料は例外である。受信料を払っても、払わなくてもNHKのテレビ番組を視聴することができるとは、全く不可解な話である。どうしてそのような事態が生じているのか、インターネットで「NHK受信料」を検索すると、出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikiped

  • 今は昔、教員の「第一歩」

     ふと、昔のことを思い出した。昭和43年(23歳)のことである。当時、私は小学校助教諭の初任時代、4年生の担任であった。学年は3クラスで、私の担当は1組。学年主任の話。「手のかかる子、問題のある子はみんな自分のクラスに入れたから、1組は《つぶよりのクラス》、安心して指導に当たりなさい」。右も左もわからない初心者にとっては全く有難いことであったが、夏休みも終わり、2学期始業式の日、赤児を背負った母親

  • 車中、「三分間のドラマ」

     いつもの駅から、いつもの電車に乗った。私の後から、80歳代とおぼしき男性が続き、出入り口付近に立つ。その時、座席(優先席ではない)にすわっていた20歳代とおぼしき若者(男)が、つっと立って、その男性に席を譲った。男性は、ちょっと会釈して、着席、電車は走り出した。どちらも「無表情」、そして「無言」・・・。男性の血色は衰え、足元もおぼつかない。若者は小柄で、風采も今一歩、精気みなぎる風情とは言い難か

  • 童話「焼かれた魚」(小熊秀雄)の思い出

     詩人・小熊秀雄の作物に、「焼かれた魚」という童話があることを御存知だろうか。その内容は、およそ子ども向けの話としては「ふさわしくない」といおうか、何とも「悲しく」「寂しく」「絶望的な」雰囲気を漂わせている。主人公は、ある家庭の台所で、今、焼かれたばかりのサンマ一尾、いかにも美味しそうな様子で、皿の上に乗っている。それを「頂戴しよう」と狙っている飼い猫の三毛ちゃんに、サンマが話しかける。「私は海に

  • 「岩波写真文庫 汽車の窓からー東海道ー」(1954年・岩波書店)

       東海道本線で金谷に向かう。JR東日本「大人の休日倶楽部」の割引乗車券利用のため、東海道新幹線ではなく、「特急踊り子号」で熱海まで、以後は在来線・浜松行きで金谷まで、という行程である。  私が初めて鉄道旅行(単独)をしたのは、小学校4年(昭和29年)の夏休みであった。東京駅15・16番線ホーム発の鈍行「米原行き」、静岡まで約4時間の行程だったと思う。当時、「岩波写真文庫 汽車の窓からー東海道ー

  • 三島由紀夫・「愛の乾き」「真夏の死」

     三島由紀夫の作物、「愛の乾き」(昭和26年)、「真夏の死」(昭和27年)読了。この二作物を読んで、文学とは何ぞや?、とりわけ、「小説とは何か」という問題に対する回答が容易にできるような感じがする。要するに、文学とは、小説とは、「所詮、言葉を弄ぶ児戯に等しい」ということである。およそ、人間の生活にとって大切な情報は、「いつ、どこで、誰が、何をしたか」という観点だと思われるが、文学とが、小説とは、そ

  • 芸能人の《賞味期限》

     東京新聞朝刊21面に「週刊誌を読む《「老い」に率直な感想 永さんら世代の長い活躍願う》」(月刊「創編集長・篠田博之)という記事が載っている。それによると、〈・・・先頃、ある週刊誌記事が話題になった。『週刊女性』7月14日号の「永六輔『回らないろれつ』『激やせ15キロ』の孤独生活」だ。新聞の投書欄に、永さんのラジオ番組を聞いた主婦から「ろれつが回らなくなっていて、大変聴きづらかったです。そろそろ後

  • 「行政刷新会議」と「匿名の奇跡劇」

     報道によれば、〈政府の行政刷新会議(議長・鳩山由紀夫首相)は27日、2010年度予算概算要求の無駄を洗い出す事業仕分けを終えた。9日間の作業で「廃止」や「予算縮減」の削減額は最大で約7700億円に上った。基金など「埋蔵金」の国庫返納額約1兆円を合わせ、財政効果は最大で総額約1兆7700億円になった〉(東京新聞11月28日付け朝刊・1面トップ)とのことである。要するに、来年度は1兆7700億円の無

  • 「嘱託殺人罪」・《罪悪感の日々》

     東京新聞朝刊(29面)に〈難病長男殺害の妻を刺殺 「嘱託」で夫起訴 執行猶予5年 傷癒えず 罪悪感の日々「やっと楽に」〉という記事が載っている。その内容は、生きることの意味の重さ、深さをひしひしと感じざるを得ない人間模様で、どんな小説、ドラマよりもリアルに迫ってくる。〈殺害された妻のH子さん(65)は五年前、全身が動かせなくなる難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)に苦しむ長男Y男さん=当時(40)

  • 「老いる」ということ

    正午、JR飯田橋駅で旧友A(中学、高校時代の校友)と待ち合わせ後、徒歩15分ほどの所にあるR寺に向かう。途中のコンビニで缶ビールを購入、Aは自宅から庭木の枝、線香を持参。三年前に他界した亡友S(小学校、中学校の校友)の墓参が目的である。俗謡に、「いい奴ばかりが先に逝く、どうでもいいのが残される」(唄・小林旭)という一節があったが、はたして亡友Sは「いい奴」であったか、しかし、「どうでもいいの」では

  • 知人A氏の「葬儀」譚

     昨日、今日と二日間に亘って知人A氏の葬儀が執り行われた。A氏の享年は63歳、現役を退職して五年が経過、病気療養中の見舞客も四、五人ほど、親族といっても従姉妹の二家族(五、六人)だったので、「通夜の客」は二十人程度、多くても三十人を超えることはないだろうと思っていたが、あにはからんや、職場の同僚・上司を含めて「親しい関係者」が六十人も訪れた。今さらながら、A氏の「他人思いの」「温かい」人柄が偲ばれ

  • 知人A氏の「死」

     訃報が入った。パーキンソン病と闘っていた知人A氏が今日午前6時に他界した由、深く哀悼する。身の回りの友人、知人が一人、二人、三人と旅立って逝く。寂しいとはいえ、それが生きとし生けるものの宿命である。A氏の享年は63歳、私より2年後輩だが「早すぎる」とは思わない。古来より「人間五十年」と言われているように、還暦(六十歳)まで生き延びれば、「天寿を全うした」に等しい、と私は思う。「お前百まで、わしゃ