• 【片山廃寺塔跡】(かたやまはいじとうあと)大阪府柏原市

    【片山廃寺塔跡】(かたやまはいじとうあと)大阪府柏原市 由緒については、奈良白鳳の頃、片山、玉手、円明の三村は大化改新以降の尾張郷で南は加美郷、東は資母郷と接していた。「新選姓氏録・河内の国神別」の尾張連の本拠にあたるそうです。 「片山薬師堂」のある場所には古代寺院である「片山廃寺」の塔が建てられていたのだそうです。 薬師堂の庭は、正方形に近く、塔跡として符合する平面形なのだそうです。案内板に「片

  • 【松岳山古墳】(まつおかやまこふん)大阪府柏原市

    【松岳山古墳】(まつおかやまこふん)大阪府柏原市  国分神社の奥に広がる丘陵上にある全長約130mの前方後円墳です。この古墳には、円筒埴輪や巨大な鰭付楕円筒埴輪(ひ れつきだえんとうはにわ)が立てられていました。後円部墳頂には組合式石棺(6枚の石板を組み合せた棺)が露出しています。石棺を覆う竪穴式石室の原状は 不明ですが、周囲に板石が大量に散乱する現状から石室は墳丘上に積石塚のように築かれていたと

  • 【子安神社】(こやすじんじゃ)奈良市

    【子安神社】(こやすじんじゃ)奈良市  大仏殿と指図堂の間に、白壁の土塀に囲まれた子安宮・子安明神と呼ばれる小社があります。東大寺の古図には、この子安宮の位置に神社が描かれていて「富貴社」と注記され、「フキのやしろ」と呼ばれていたとの琴です。平成元年に当社の解体修理が行われた際、社殿内より寛文11年(1671)9月24日と文久2年(1862)の日付の還宮の棟札2枚が発見された。そこから中門堂衆の文

  • 【正倉院】(しょうそういん)奈良市

    【正倉院】(しょうそういん)は、奈良県奈良市の東大寺大仏殿の北北西に位置する、校倉造(あぜくらづくり)の大規模な高床式倉庫。聖武天皇・光明皇后ゆかりの品をはじめとする、天平時代を中心とした多数の美術工芸品を収蔵していた建物で、1997年(平成9年)に国宝に指定され、翌1998年(平成10年)に「古都奈良の文化財」の一部としてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されている。正倉院の宝物には日本製品の

  • 【五劫院】(ごこういん)奈良市

    【五劫院】(ごこういん)は、奈良県奈良市北御門町にある華厳宗の寺院。東大寺末。山号は思惟山。 重源(ちょうげん)上人が宋から請来したと伝えられる五劫思惟阿弥陀仏坐像(重文)がご本尊です。「劫」とは時間を表す言葉で、大きな岩に、3年に一度天女が舞い降りて袖で岩を払い、その岩が磨り減るまでの時を指します。それが5回繰り返される五劫という、気の遠くなるような長い時間考え続けた姿は、現代風に形容するとアフ

  • 「祇園社」 / 恩智石器時代遺跡(おんぢせっきじだいいせき)大阪府八尾市

    「祇園社」 / 恩智石器時代遺跡(おんぢせっきじだいいせき)大阪府八尾市 この地、天王の森は恩智神社のお旅所でこの森を中心として東高野街道から恩智川に至る付近一帯は府下でも有名な弥生時代の遺跡で大阪府の建てた碑がある。近年縄文式土器も出土している。 今日まで地下およそ三メートルの辺から種々の石器土器が出土し、またこの斜面から石鏃が露出した。 場所:大阪府八尾市恩智中町3丁目 アクセス:近鉄「恩智」

  • 高野山真言宗 東照山【観音寺】奈良市六条

    奈良市六条に小さな地蔵堂と観音堂があります。高野山真言宗  東照山「観音寺」です。古くから柳観音と呼ばれています。本尊は、「十一面観世音菩薩立像(鎌倉時代末作)」。境内北側に西波天神社が鎮座します。 所在地:奈良県奈良市六条1-35-10    アクセス:近鉄橿原線「西ノ京」駅より 徒歩5分 境内北側に西波天神社が鎮座します。👇

  • 【西岳院】・【古田神社】(ふるたじんじゃ)奈良県大和郡山市

    聖徳太子建立の「満額寺」がこの寺の前身です。 寺伝によれぱ、聖徳太子が46願を立て、この地(字古屋敷)に仏閣を建立、福寿山満願寺と称したとされます。本尊は、木造十一面千手観音立像(県指定文化財・平安時代)。 寛政2年(1790)小泉藩主片桐貞章の招きにより黄檗山14代竜玩和尚が、満願寺に隠棲し水難の患いのない西岳の地を選んで堂宇を移転、寺号を西岳院と改めたそうです。 北側は「西岳院」に接して鎮座す

  • 【不動院】(ふどういん)奈良県大和郡山市

    【不動院】(ふどういん)奈良県大和郡山市 真言宗 醍醐寺三宝院の末寺。寛文12年(1672)僧光順の創立です。 本尊は木造愛染明王坐像。境内にある地蔵堂は、明治7年富雄川に架かる橋の西詰にあったものを移したとの事です。明治以前は山伏寺で、松尾寺へ上る修験者の取締りをしており、一々ここに挨拶をしなければ登山する事の出来ない定めになっていたそうです。境内に石造の十三重塔があります。また、境内の隅に「稲

  • 【法輪寺】(ほうりんじ)奈良県生駒郡斑鳩町

    【法輪寺】(ほうりんじ)は、奈良県生駒郡斑鳩町にある仏教の寺院。三井寺(みいでら)とも呼ばれ、「法林寺」「法琳寺」とも書く。宗派は聖徳宗、本尊は薬師如来坐像。 法隆寺東院の北方に位置する。現存する三重塔は1975年の再建であるため、世界遺産「法隆寺地域の仏教建造物」には含まれていない。法輪寺は寺史に関わる史料が乏しいため、創建事情の詳細は不明であるが、発掘調査の結果等から、7世紀中頃には存在してい

  • 【藤ノ木古墳】(ふじのきこふん)奈良県生駒郡斑鳩町

    藤ノ木古墳(ふじのきこふん)は奈良県生駒郡斑鳩町にある古墳(円墳)。「藤ノ木」の名称は所在地の字名に由来するが、法隆寺関係の古文書・古記録によれば、かつては「ミササキ」「陵山」(みささぎやま)などと呼ばれていた。 玄室内から大量に出土した土師器、須恵器の年代から古墳時代後期、6世紀第4四半期の円墳であると推定されている。この時期に畿内では前方後円墳の造営が終わりに近づいていた。古墳は法隆寺西院伽藍

  • 動画:「岩谷奥之院・本尊薬師瑠璃光如来」「岩谷弘法大師尊」/ 大阪府八尾市

    大阪府八尾市大字教興寺に【天照大神高座神社】(あまてらすおおみかみたかくらじんじゃ) と 【岩戸神社】(いわとじんじゃ)があります。これらの神社へ向かう参道の途中に「高野山高安・新四国八十八ヶ所」「本尊薬師瑠璃光如来」と書かれた石柱があります。この下に「岩谷弘法大師」に記された標石がたっています。 この石柱の間の急な坂を登っていくと、両側にたくさんのお地蔵様が並んでいます。台石には番号では無く奉納

  • 【ならまちとパワースポット神社】奈良市

    ならまち(奈良町)は、奈良県奈良市の中心市街地東南部に位置する、歴史的町並みが残る地域の通称。「奈良町」という行政地名はない。狭い街路に、江戸時代以降の町屋が数多く建ち並ぶ。ほぼ全域が元興寺の旧境内にあたる。周辺を含む49.3ヘクタールが奈良市により奈良町都市景観形成地区に指定されている。 アクセス:近鉄奈良駅から南へ徒歩約10分。JR奈良駅から東へ徒歩約15分。市内循環バス「田中町」か「北京終町

  • 【道明寺盾塚古墳公園】大阪府藤井寺市

    【道明寺盾塚古墳公園】藤井寺市 五世紀初頭の築造。帆立貝式前方後円墳。 全長約110メートル、墳丘長さ約73メートル、後円部径約46メートル、高さ約7.5メートル。前方部幅約20センチ、高さ約1.8メートル。。 造り出しと周濠も確認されている。出土品は鉄製武器・武具・農道具・鏡・玉類など。 府営住宅建設の際に調査され消滅、現在は公園内に復元されている。 住所:大阪府藤井寺市道明寺6丁目

  • 【古室山古墳】(こむろやまこふん)藤井寺市

    【古室山古墳】(こむろやまこふん) 前方後円墳。1956年(昭和31年)9月22日に単独の古墳として国の史跡に指定され、2001年1月29日には近隣の他の古墳とともに国の史跡「古市古墳群」として、あらためて指定された。 古市古墳群の北部、誉田御廟山古墳の北東に位置する。全長約150メートル、後円部径約96メートル、高さ約15.3メートル、前方部幅約100メートル、高さ約9.3メートル。墳丘は三段築

  • 【道明寺天満宮境外末社西宮と木患樹(もくげんじゅ)】

    【道明寺天満宮境外末社西宮と木患樹(もくげんじゅ)】 現在、道明寺の寺域にあるもくげんじゅは霊木ではない。寺の少し南にある西宮神社(道明寺天満宮境外末社)にある大樹がそれである。道明寺天満宮の参道を南へ下ると古代道明寺(土師寺)の五重塔礎石がある。そこを西へ曲がった突き当たりに西宮は鎮座する。三社神祠とも称し、道真に大乗経埋納の場所を示したという伊勢・春日・八幡の三神を祀る。社殿の傍らに木?樹が枝

  • 【衣縫塚古墳】 (いぬいづかこふん)大阪府藤井寺市

    【衣縫塚古墳】  古市古墳群に属する允恭陵陪塚、径約20メートルの円墳。 古市古墳群に属し、第十九代允恭天皇の陵とされる市ノ山古墳の前方部東側にあり、宮内庁によって「允恭天皇陵ろ号陪冢」に治定されている、径約20メートルの円墳。他に市ノ山古墳の陪塚としては、宮の南塚古墳がある。円筒埴輪や、形象埴輪(家、人物、太刀などが出土している。5世紀後半の築造とみられる。 平安時代の初めに衣縫塚古墳周辺にいた

  • 【津堂八幡神社】(つどうはちまんじんじゃ)津堂城山古墳 / 藤井寺市津堂

    【津堂八幡神社】(つどうはちまんじんじゃ)  大きな古墳の上にある八幡さんです。 神社のある津堂城山古墳 墳丘及び内濠は史跡指定。社殿背後の柵に囲まれた、鎮守の森のような後円部頂は、宮内庁治定の「藤井寺陵墓参考地」にあたります。新しい津堂八幡神社の社号標の裏には神社の略歴が刻まれています。 ・天正3年(1575年)織田信長の河内攻めの時、小山城(城山)落城の際、現藤井寺高校付近に所在していたと言わ

  • 【雄略陵古墳】(ゆうりゃくりょうこふん)羽曳野市

    雄略天皇は5世紀後半の大王で、当時の中国王朝へ称号を求めるために遣いを送った倭の五王の一人、「武」として知られている。 所在地 :大阪府羽曳野市島泉8丁目 アクセス: 近鉄南大阪線「高鷲駅」下車 北へ600m

  • ①「岩谷奥之院・本尊薬師瑠璃光如来」「岩谷弘法大師尊」/ 大阪府八尾市

    大阪府八尾市大字教興寺に【天照大神高座神社】(あまてらすおおみかみたかくらじんじゃ) と 【岩戸神社】(いわとじんじゃ)があります。これらの神社へ向かう参道の途中に「高野山高安・新四国八十八ヶ所」「本尊薬師瑠璃光如来」と書かれた石柱があります。この下に「岩谷弘法大師」に記された標石がたっています。 この石柱の間の急な坂を登っていくと、両側にたくさんのお地蔵様が並んでいます。台石には番号では無く奉納

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