• 「安高大神」(やすたかだいじん)大阪府東大阪市東豊浦町

    「安高大神」(やすたかだいじん)大阪府東大阪市東豊浦町 暗峠から大阪側へ徒歩約10分程下った右側に「安高大神」の看板があります。(暗峠奈良街道沿い)看板に従って草深い畑道を抜けると山道が山の頂へつながっています。参道があり、その先に石の階段があります。その階段を登り切ったところが、「安高大神」です。この場所は天気が良い日でも薄暗いところです。お供え物も新しく境内は綺麗に掃除されています。 場所:大

  • 【姥が池】(うばがいけ)東大阪市東豊浦町

    【姥が池】(うばがいけ)東大阪市東豊浦町 この池は昔から『姥が池』と呼ばれていました。それは、今をさかのぼること約600年前の出来事「悲しい姥の身投げ伝説」に由来しています。 その伝説とは、枚岡神社の御神燈の油が毎夜なくなり、火が次から次へと消えていました。 妖怪変化の仕業と不気味がられていましたが、その正体を突き止めると、生活に困っていた老婆がこの油を盗んでは売っていたのでした。その訳を知り、気

  • 【御池神社】(おいけじんじゃ)大阪府東大阪市

    【御池神社】(おいけじんじゃ)大阪府東大阪市 「東大阪市郷土博物館」に隣接する山畑古墳群の中の北側にひっそりと鎮座しています。 周辺には【御池神社】(おいけじんじゃ)と表記されている案内板や看板などはなく、この神社を見つける のは苦労します。「東大阪市郷土博物館」の斜め向かいに山畑古墳群の矢印で示した看板があります 。その方向へ行くと赤い鳥居と祠が見えてきます。 そこが【御池神社】(おいけじんじゃ

  • 【東大阪市立郷土博物館】東大阪市上四条町 *古墳の見学不可

    【東大阪市立郷土博物館】東大阪市上四条町 【東大阪市立郷土博物館】は、昭和47年12月、山畑古墳群の中に建てられました。敷地内には、双円墳の山畑22号墳の他5基の古墳(いずれも市文化財に指定)があり、野外園として活用されており、河内平野を一望できる標高約100mの場所に位置し、生駒山の府民の森に通じるハイキングコースの途中にあるため、散策の途中に立ち寄る場所としても利用されています。 (注意!)今

  • 【津原神社】(つはらじんじゃ) 大阪府東大阪市(2/2)

    【津原神社】(つはらじんじゃ) 大阪府東大阪市 【津原神社】(つはらじんじゃ は、近鉄奈良線の河内花園駅から南へ200m程の場所に鎮座しています。祭神:天児屋根・天玉櫛彦・天櫛玉 「津原神社」は河内国・若江郡鎮座とされる式内小社です。饒速日の生駒への天降りに随伴した32人の防衛である天玉櫛彦、天櫛玉を祭神としています。「津原神社」の本殿の北側に「津原池」と呼ばれる神池があり、この池が御神体で祭祀対

  • 【津原神社】(つはらじんじゃ) 大阪府東大阪市(1/2)

    【津原神社】(つはらじんじゃ) 大阪府東大阪市 【津原神社】(つはらじんじゃ は、近鉄奈良線の河内花園駅から南へ200m程の場所に鎮座しています。祭神:天児屋根・天玉櫛彦・天櫛玉 「津原神社」は河内国・若江郡鎮座とされる式内小社です。饒速日の生駒への天降りに随伴した32人の防衛である天玉櫛彦、天櫛玉を祭神としています。「津原神社」の本殿の北側に「津原池」と呼ばれる神池があり、この池が御神体で祭祀対

  • 【都留彌神社】(つるみじんじゃ) 大阪府東大阪市(3/3)

    【都留彌神社】(つるみじんじゃ) 大阪府東大阪市 祭神は、速秋津日子神、速秋津比売神、推古天皇、菅原道眞。明治43年布施村足代に在った神社を現社地の鹿島時神社に合祀し都留彌神社の社名を継承した都留彌は都留美島の省略で旧大和川につるむ(交尾の意)一対の美しい島があり、これが神名となり豊漁を祈ったものとの説があります。古代大和川の魚を網代で捕ったことにより足代の地名が生まれたと伝えられています。 住所

  • 【都留彌神社】(つるみじんじゃ) 大阪府東大阪市(2/3)

    【都留彌神社】(つるみじんじゃ) 大阪府東大阪市 祭神は、速秋津日子神、速秋津比売神、推古天皇、菅原道眞。明治43年布施村足代に在った神社を現社地の鹿島時神社に合祀し都留彌神社の社名を継承した都留彌は都留美島の省略で旧大和川につるむ(交尾の意)一対の美しい島があり、これが神名となり豊漁を祈ったものとの説があります。古代大和川の魚を網代で捕ったことにより足代の地名が生まれたと伝えられています。 住所

  • 【都留彌神社】(つるみじんじゃ) 大阪府東大阪市(1/3)

    【都留彌神社】(つるみじんじゃ) 大阪府東大阪市 祭神は、速秋津日子神、速秋津比売神、推古天皇、菅原道眞。明治43年布施村足代に在った神社を現社地の鹿島時神社に合祀し都留彌神社の社名を継承した都留彌は都留美島の省略で旧大和川につるむ(交尾の意)一対の美しい島があり、これが神名となり豊漁を祈ったものとの説があります。古代大和川の魚を網代で捕ったことにより足代の地名が生まれたと伝えられています。 住所

  • 【石田神社】(いわたじんじゃ)大阪府東大阪市岩田町

    【石田神社】(いわたじんじゃ)大阪府東大阪市岩田町 延喜式神名帳に、『河内国磐田郡 石田神社三座』とある式内社。石田と書いて、地名と同じくイワタと読む。古く、この辺りは古大和川流域の低湿地であり、その微高地に創建された古社であろうという。由緒略記によれば、創建は  「欽明天皇御宇(537--71)、此の田圃の中に岩船ありて、其の上に三神現じ給ひしより初めて社壇を築きて奉祀した」 のが始まりという。

  • 【???地蔵尊】(???じぞうそん)大阪府東大阪市網代

    何地蔵なのか詳細不明です。直接、板を直接、釘で打ち付けられています。 場所:大阪府東大阪市網代

  • 【白龍大神】(はくりゅうおおかみ)大阪府東大阪市

    【白龍大神】(はくりゅうおおかみ)大阪府東大阪市 この小さな社を見つけるのは苦労します。電車で行く場合は、近鉄布施駅の南口で降り、本町通り商店街(フラワーロードほんまち)方へ進みます。そのアーケードの入口の前、近鉄電車の高架とお店の隙間の路地にその社はひっそりと鎮座しています。この社の前にはいつも自転車やバイク等がとめてあり、さらに電柱がありますので、よく見ないと見過ごします。由緒等は不明です。社

  • 【隆座大神】(たかくらだいじん)東大阪市永和

    大阪府東大阪市永和の永和公園に鎮座する【隆座大神】です。 東大阪市永和の永和公園の一角に石の祠が鎮座しているのが目に止まった。幟が3本立っていて【隆座大神】と書いてあります。案内板などがないので由緒などは不明です。祠の屋根の正面には、宝珠に巻きついた両頭の蛇が彫刻されています。榊(さかき)が新しく管理はされているようです。この辺りの神社仏閣では最も小さいと思われます。 住所:大阪府東大阪市永和の永

  • 【八大龍王】(はちだいりゅうおう)東大阪市玉串

    【八大龍王】(はちだいりゅうおう)東大阪市玉串 この地蔵堂のような社は東大阪市玉串の住宅地の中にあります。門は施錠されていて境内に入る事はできませんでしたが、掛かっている額には 【八大龍王】(はちだいりゅうおう)と書かれています。由緒等は不明です。 【八大龍王】(はちだいりゅうおう)は昔から雨乞いの神様として祀られ日本各地に【八大龍王】に関しての神社や祠があります。この【八大龍王】(はちだいりゅう

  • 【長瀬神社】(ながせじんじゃ)大阪府東大阪市

    【長瀬神社】(ながせじんじゃ)大阪府東大阪市 由緒 :明治の神社合祀令に基づき、大正元年に長瀬村各大字の神社を合祀し、長瀬神社を創建した。  北蛇草の蛇斬神社「素盞嗚尊、菅原道真」 天神社「少彦名伝」 波牟古曽神社「伊弉諾尊、伊弉册尊」 柏田の白山神社「菊理姫大神、品陀和気神」 衣摺神社「素盞嗚尊」 を合祀した。 波牟古曽神社は延喜式神名帳記載の河内国渋川郡の式内社で、古い歴史を持っている。戦後、

  • 【彌刀神社】(みとじんじゃ:弥刀神社)大阪府東大阪市

    【彌刀神社】(みとじんじゃ:弥刀神社)大阪府東大阪市 祭神は速秋津日子神・速秋津比売神という水戸(港)や河口の神であり、鎮座地の近江堂という地名は大水戸が転訛したものであるといわれています。創建は不明ですが、762年(天平宝字6年)には大和川(現在の長瀬川)の洪水で長瀬堤が決壊したことにより社殿が流失したといわれています。(『続日本紀』)。延喜式神名帳には河内国若江郡二十二座のうち官幣小社として記

  • 【旧若江城跡】(きゅうわかえじょうあと)大阪府東大阪市

    「若江城」(わかえじょう)は南北朝時代(1382年)から安土桃山時代(1583年)の約200年間にわたって河内国若江郡(現在の大阪府東大阪市若江南町)に所在した日本の城(平城)。畠山氏の河内経営の拠点で、河内国の経営を担当した守護代遊佐氏が歴代城主となった。若江という名称の由来は河内国若江郡に由来する。若江郡の若江は神功皇后の4年6月に大旱魃があり、この地域の農作物が大被害を受ける可能性が高まった

  • 【若江鏡神社】(わかえかがみじんじゃ)大阪府東大阪市

    【若江鏡神社】(わかえかがみじんじゃ)は総面積二千坪の境内を有し、創立年代は不詳であるが、文徳実録等の古書に854年(斎衡元年)「授河内之国大雷火明之神従五位下」と記されていることから見て、相当な古社です。その昔、近郷一帯の農作物が殆ど枯死寸前に至ったとき、神前で大般若経(東大阪市重要文化財)を唱読し祈願したところ、14日目に神社裏の淵より清水が湧き出し危機を救ったと言われています。 この神社の隣

  • 【瓢箪山古墳】(ひょうたんやまこふん)東大阪市瓢箪山町

    東大阪市にある「瓢箪山古墳」には、豊臣秀吉による創始伝承をもつ「瓢箪山稲荷神社」が祀られています。この地域は山畑古墳群と呼ばれる古墳の一大集積地。大坂城築城のとき、秀吉がこのあたりの古墳から、石垣用の石を運び出させたと伝えています。 円墳を横に2つ連ねた「双円墳」と呼ばれるタイプの古墳。全長は50メートル、高さ4メートルで、六世紀の前半の造営。横穴式の石室があり、かつては狐が住んでいたとも伝えられ

  • 【山畑古墳群】(やまはたこふんぐん)大阪府東大阪市

    【山畑古墳群】(やまはたこふんぐん)大阪府東大阪市 大阪府東大阪市南東部(上四条町、瓢箪山町あたり)に分布する群集墳。東大阪市内では最大規模の古墳群。 6世紀後半から7世紀はじめにかけて築造され、大半は直径10~15m程度の円墳であるが、双円墳や上円下方墳も含まれる。かつては100基以上あったとされるが、住宅開発などで破壊されたものも含めて70基ほどが確認されており、大半は東大阪市立郷土博物館の近

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