• 世界最強の商人(オグ・マンディーノ)

     どんな素晴らしい商品でも、売り方を間違えば、売れません。  商品を売るのではなく、自分を売り込むのだ、とよく言われます。あなた自身というかけがえのない商品を、世の中のために売り込み、用いていただくのです。それがこの世に生を受けた私たちの務めです。  オグ・マンディーノ著「世界最強の商人」「その後の世界最強の商人」がKADOKAWAからとてもわかりやすい翻訳で刊行されています。 繰り返し読まれるべ

  • 11月11日快晴の宇都宮―喜びと賛美のとき

      11月11日(日)快晴 キリスト兄弟団宇都宮教会での賛美奉仕。   奇しくも当日の月日と同じ11人のメンバーが集い、40数年の伝統を誇るこの地の教会で賛美をささげました。   四家ひとみ先生主催の賛美グループ「エンゲルコール」(ドイツ語「天使の合唱・天使の賛美」:ルカの福音書2章14節)のご奉仕です。 一人一人の歌い手を越えて、喜びに満ちた賛美が一つの響きとしてまとまり、会堂の中を満たしました

  • 写真の技術―芸術の秋に寄せて(その2)

     虎猫はデジタルカメラをいつも持ち歩いて、気が向けばシャッターを切っています。 結構面白い写真が撮れるので、このブログでも時折、掲載させていただいています。 最近は携帯電話やスマートフォンのカメラの性能が格段に向上しており、デジカメがなくてもいつでも高画質の写真が撮れるようです。 写真についても構図や手振れなどで悩む方は多いようです。 虎猫なりのコツをまとめました。 1.下手な鉄砲も数撃ちゃあたる

  • 絵心のコツ―芸術の秋に寄せて

     虎猫が描いたスケッチをお見せすると、よく「私には絵心がありませんから・・」という方がいらっしゃいます。でも、絵心とは何でしょうか?  よく言われることですが、子供は本当にすごい絵を描きます。大人になると、その凄さがなくなって、やがて絵を描くこと自体が少なくなっていきます。 虎猫なりにスケッチ、写生で心掛けている三か条をご参考にお示しします。 1.対象物に心を注ぐ。どう描いてほしいのか?と問いかけ

  • 9月30日長野:賛美の奇跡(速報)

     9月30日   虎猫の属する賛美グループ「エンゲルコール」の御奉仕で、長野県茅野(ちの)キリスト教会(牧師川崎崇先生)、蓼科キリスト教会(牧師石川明吉先生)に参りました。 猛烈な台風24号が列島を縦断するまさにその日です。  前日29日、虎猫の属する東京カベナント教会の皆様にお祈りをお願いしました。 「折しも猛烈な台風がやってきます。 どうか指揮の四家先生・メンバーの皆様、当地の牧師先生・集われ

  • 「ガリラヤのイエシュー」 この豊饒な世界

    「ガリラヤのイエシュー」日本語訳新約聖書四福音書(山浦玄嗣訳) (イー・ピックス出版)  福音書を何と!・・各地の方言で翻訳、本文中に詳しい解説も書き込まれて同時に読める、画期的な聖書です。 イエス様はガリラヤの弟子たちにケセン語(気仙地方の方言)で、元気いっぱいに呼びかけます。(以下、引用個所は強調文字。章・節の番号は新改訳の該当箇所を示します) 「やい、お前達、俺について来オや!そうしたら、お

  • 広島とグラウンド・ゼロ(再掲)

    私がはじめて広島平和記念公園を訪れたのは、もう30年ほども前でしょうか。 そこには、こんな碑がありました。 「安らかに眠ってください。 過ちは繰り返しませぬから」 かつて、この碑文をめぐって「主語がない。誰が過ちを犯したのか、誰が誤っているのかをはっきりさせるべきだ。」という議論があったのを思い出しました。  はじめてこの碑の前に立ったときに、なぜ主語がないのか、はっきりとわかりました。 この碑の

  • 学びの力

     朝日新聞2009年8月16日朝刊4面にこんな記事がありました。 ケニアの89歳のおじいさんが胃がんでなくなりました。世界最高齢の小学生として知られる方です。幼いころから内戦の戦士として育ち、貧しさもあって学べなかった。84歳で地元の小学校に入学を果たし、「死ぬまで勉強する。」と喜んだそうです。学ぶ目的は、お金の計算ができること、聖書を読むことだったそうです。  私たちは学ぶことで何を得るのか。

  • 死にたいときこそ生きてみよう!

    こんなことを思い出しました。 私の父が死んだ時です。 私は長男でしたから、お葬式や、その後始末で多忙を極め、2週間会社を休みました。 そして、会社に行く日がきました。 2週間も休むと、会社に行くのが億劫になります。 暗い気持ちで家をでました。 ところが、通勤電車の中、そして電車を降りてから、会社への道を急ぐ人々の姿を見ている中に、気持ちがどんどん晴れてきました。 私の父は、女子大の先生でした。お葬

  • ライブの力

    2010年6月5日東京藝術大学奏楽堂 上野の森オルガンシリーズ15「フランツ・リスト 栄光と祈り」  奏楽堂に入ると、舞台正面に巨大な屋久杉のような楽器がありました。 演奏が始まりました。 大気を震わせて、巨大な音塊が押し寄せ、全身がつつみこまれます。と思うと、はるか遠くに、かそけき笛の音が聞こえてきます。メロディーが、ときに切なく、ときに勇壮に浮かび上がり、次の瞬間にはあの複雑に入り組んだ音楽の

  • ふつうの人エリヤ(旧約聖書 列王記 第一 第17章)

     エリヤは王宮から懸命に走って逃れました。 アハブ王が偶像礼拝の罪を犯したのを厳しくとがめ「自分の言葉によらなければこの地には露も雨も降らない。」と宣言してきたのです。すぐに王宮の兵士たちが追ってくるでしょう。 走り疲れ、息も絶え絶えに座り込んでしまったエリヤに、神の言葉が臨みました。 「エリヤよ、エリヤよ」 「はい、神様、ここにおります。」 「ケリテ川のほとりに身を隠せ。川の水を飲め。カラスがお

  • 聴診器から聞こえるものー命の大切さを考え直すー

    【2009年5月に東京カベナント教会ブログ「重荷をおろして」に投稿した記事です。 子供の日に、思い立って再投稿しました。時期の記述は現在に合わせています。】  10数年前のこと、会社の近くに科学教材などを扱うお店に聴診器があったので、買ってみました。2千円から3千円程度だったと思います。 喘息で定期的にお医者さんに通っている身であり、お医者さんが聴診器を胸に当てるだけで、なぜ診察ができるのか不思議

  • 走るな、子供たち!求む、歩行器!

      数年前2ヶ月ほど入院し、退院した直後のことです。 足腰の力が弱り、一時期は杖をついていたこともあります。 そんなとき、街を歩いていて恐怖を感じたのは、子供たちの走る姿を見たときです。走る子供にぶつかったら転倒してしまうでしょう。転倒したら自力では起きることも難しいでしょう。   健康な時なら、子供の走る姿を見ることは命の躍動としてこの上もない喜びを感じていたにもかかわらず、です。 いわんや歩道

  • キリスト・コミッション いつでも奇跡はそこにある

    キリスト・コミッション いつでも奇跡はそこにある •オグ・マンディーノ著 牧野M.美枝訳  N兄、素晴らしい本をお勧めいただきありがとうございました。 夢中で読み進み、昨日遅くに読み終えました。 いま、その感動のままにお手紙をしたためています。   主人公の売れっ子推理小説作家マット(マティアス)は、イエスの復活について20年以上も調べた挙句、「イエスの復活は実際にはなかったのだ。」と確信するので

  • リスト《キリスト》オラトリオ

      音楽の中には幾度も演奏されて世に広く知られ親しまれていく曲と、本当に志のある方が懸命に企画し努力して、一生に一度の演奏の機会が辛うじて与えられる、それだけの覚悟と献身を求められる曲があります。 今日の曲は間違いなく後者です。 そして、その場に居合わせた人々がその時の情景と感動を語り継ぎ、その場に居合わせることができなかった人々が地団太踏んで悔しがり、ひとつの伝説となっていくのです。 この曲は、

  • 「ゴルゴタの丘」三部作

    昨年の棕櫚の聖日、イースターにかけてゴルゴダの丘三部作を投稿いたしました。 今年3月25日の棕櫚の聖日、4月1日イースターに向けて、改めてご紹介します。 ぜひご一読ください。 おっちゃんの出る映画―偉大な生涯の物語―(ゴルゴタの丘その1) おっちゃんの出る映画(その2)-「ローマの百人隊長」(ゴルゴタの丘その2) ゴルゴタの丘の兵士(ルカの福音書第23章より)(ゴルゴタの丘その3) お読みいただけ

  • 「やがて来る方にー棕櫚の聖日に寄せて」

      2016年3月20日棕櫚の聖日にささげた賛美です。 もともとは、2010年10月、東京カベナント教会の故土屋順一先生の研修休暇明けのメッセージをうかがっているときに、インスピレーションがわいたものです。 はじめは詩として作り、その年の音楽祭に賛美できるように歌詞にアレンジしました。 いつか棕櫚の聖日で賛美することができればと祈り続け、ようやく実現したものです。 2018年3月25日棕櫚の聖日を

  • 希望の道しるべ(3月11日に寄せて)

    地震、津波、原発。 思いもかけない災害 2011年5月に私は心に留まったいくつかの言葉を書き留めました。 あの時から7年経った今、改めてご紹介します。  「多くの働く真摯な人間を日本は失ったが、そこに無数の人間の尊厳を見ることができた。他方で、本物を見分ける目は、同時に虚飾に満ちた堕落を見つめる目ともなり、人間のあるべき姿や本物の生き方を見直す機会をも提供する。」(コラム「大機小機」(盤側);20

  • 走れ!ザアカイ(新約聖書「ルカの福音書」第19章より)

     ザアカイはエリコの町の取税人の頭で大金持ちですが、町の人には嫌われていました。規定以上の税金を容赦なく取り立てては私腹を肥やしていたからです。  そんなザアカイに、不思議になついてくれる少年がいました。 いつか、ザアカイがパン屋に取り立てに行ったとき、パン屋が「これでご勘弁を。」と大きなパンを差し出しました。パン屋を出たときに、物ほしそうな目つきの少年に会いました。 ザアカイは何の気もなく「そら

  • カナの婚礼(新約聖書「ヨハネの福音書」第2章より)

      私はマリア様の下男のハッサンと申します。 マリア様がカナのご親戚の婚姻の取り仕切りを任されたときにもお供しました。 大わらわで料理や葡萄酒などを用意しました。 ところが、予定外にお客様が増え、また皆さんよく飲み食いされました。 宴会の世話役が青ざめてしまいました。 「ハッサンよ。たいへんだ。葡萄酒が切れた。いまテーブルにお出ししているだけで全部だ。もう皆さん酔いも回っている。安物でいいから何と

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