• 妄想 森鴎外  を読む

     森鴎外の「妄想」はエッセイのようであり、私小説、詩のような部分もある。鴎外は夏目漱石ほど人気はないが、漱石より魅かれるところがある。  下部に挙げる文脈でそのわけが判ったような気がした。文中のハルトマンはエドゥアルト・フォン・ハルトマンのことだと思われる。  形而上学と云ふ、和蘭寺院楽(オランダじゐんがく)の諧律(かいりつ)のやうな組立てに倦(う)んだ自分の耳に、或時ちぎれちぎれのAphoris

  • エッセイ 人を見るということ

    人を顔で判断するのがはやりである。地下鉄の週刊誌の広告には、これでもかというくらい顔ばかり載せている。 わたしは週刊誌や雑誌などを読む習慣がない。せめて、文藝春秋くらいはと思うのだが、今の冷笑主義の論調に嫌気がさし、読む気がしないでいる。だが、地下鉄の週刊誌の広告だけは、よく見る。 週刊誌などの雑誌は、広告だけを見ておけばいいというのが、わたしの持論である。 さて、顔であるが、人を顔だけで判断する

  • エッセイ 感想「女らしい女と男らしい女」

    「女らしい女なら、向こうから逃げ出す。男らしい女なら、こっちから逃げ出す。」アンチフェミニストらしいニーチェの言葉である。 わたしはフェミニストであることを心掛けているから、女らしい女は追いかけることを、男らしい女は、受け入れることを信条としているが、なかなか事はうまくは運ばない。実際、男女関係くらい摩訶不思議なものはない。どこにも、基準などというものは立てられないもののようだ。 「道ならぬ恋をし

  • エッセイ きれぎれ草 1

    問題 世の中の問題というものは、それがそのまま解決されることは、稀な事態である。通常はそれを問題とする必要がもうなくなったから、自然とその問題が解消されるという形をとるものである。われわれが、日頃頭の中で思い煩っている問題にしても同じことが言える。 ○ 内村鑑三 明治期以来、もっとも霊性的な人間といっていいのではないか。彼の書いた文章には、直に聖霊の存在を感じさせるものがある。 ○ ニーチェ 神は

  • 「善悪の彼岸」ニーチェ 新潮文庫

    ニーチェ自身が、「わたしの哲学を学ぼうと思う者は、まず、この書から読むといい」と言ったニーチェ哲学への入門書です。巻頭言に「女が真理であったとしたらどうであろうか」という言葉が載っています。ニーチェにとって真理とは机上の論理ではありませんでした。常に人生や生活の直中で試みられ、生き続けなければならないものでした。そこに、退っ引きならない悲劇が生まれます。大いなる不幸、大いなる醜悪、大いなる失敗、そ

  • カントトニーチェ

    私の足元には何がある? 大地と私の間には何もないから。 何もない事に人は悩み、戸惑い、荒れ狂う。 さよならなんて言わないから。 神だ宇宙だなんて分からないけれど、 「ただそこにいる」という奇跡に 僕はこの詩を送ろう。

  • ニーチェ先生

    ニーチェ先生 1巻を電子書籍化。常識はずれのコンビニの新人バイトに振り回されるギャグマンガで自分でお客様は神様という人に対してと言ってのける、出落ち的な作品です。以前コンビニではありませんが、接客のバイトをしていた時、同じことを仰るお客様が数人いましたが、このセリフは思いつきもしませんでした。まぁ思いついても言えませんが。。。その他にもお客様の言質をとるためにICレコーダー付ペンを持っていたり、ゴ