• 自作詩 真理(truth)

    町の灯が星の輝きを消してしまうように 光はじつに多くのものをかくした いつも控え目に片隅に埃をかぶって あまりに手近なあまりにあたりまえなもの 手垢に汚れた古本のように わざわざ取り出して見ることもないくらい 喜びは孕み 悲しみは生む アンナ・マグダレーナ・バッハのように 単純な生活の真実な感情 激情に蝕まれ 夢に病むこともない 月は高く 闇は語る あ それはこれであったか

  • 自作詩 同時代

    見知らぬ人と視線を交わし 命の重さをはかってみる そのあなた達のたましいの なんと軽くて重いことよ 同じ時代に生まれたことで しばらく時を分かち合っている そんな日の夕暮れにあなた達は ロウソクのようにわたしの前を通り過ぎる こんなにしんしん切ないなんて  どうやらわたしは夢を見ている またいつか会える日が来るのなら ぼくらはどんな顔して会うのだろう 結び合った糸が他の糸を求め ふたたびほぐれて風

  • 自作詩 ケイへ  <改版>

    小高い岩山の細い山道を辿り 頂に着くと わたしは対流圏に閉じ込められているのを発見した 樫の木の枝を握りながら 空がひたすら青くひたすら高いのがもどかしかった ああ 風が吹いているのだよ ケイ 茶褐色に削り取られた斜面は わたしの怯懦に適切なくぼみを与えてくれた どこにもいく場所がないから わたしはここにいる ここで覚めきって夢を見ている 確かでそして不安なことだ ああ 風が吹いているのだよ ケイ

  • 自作詩 ヴィジョン

    しずかな明るさを抱いて 歩いて行くことができるならば 憂いよりも喜びが好もしいものであるなら 詩人は口をつぐむ 言葉よりも先に微笑みがあらわれてくるように やすらかな目が あかるい覚点を獲てくれるように 蟻は創造され 白い蝶の羽根を運ぶ 風は止み 瀞<とろ>とした川の上を一枚の葉が流れる 長い棹が翻る 春の日は 新しい謎にかけられたように 霞んで

  • 三鞭酒(シャンペンしゅ)   日夏耿之介

     日夏耿之介詩集から「三鞭酒」という作品を紹介します。    三鞭酒ー又は流火の歌  良後(あたらよ)の天床(ふしど)に於ける片破星(かたわれぼし)は  夥しくこぼれし三鞭酒(シャンペンしゅ)の一滴にすぎず  微星(ぬかぼし)らの声音(こわね)を好む  神経質の笑ひにて  其存在を精密に高度(かうど)に知覚すべければ  詼諧(くわいかい)よ 衝動よ 慟哭(どうこく)よ 歓呼(くわんこ)よ  房心(

  • 自作詩 夜の航海

    船乗りたちが飽きず眺めた星空を、今夜ぼくは見ることができるだろうか 船底で泣き、強い酒に焼けた、彼らのたくましいのどに通う歌をぼくは歌いたい 甲板に何日も、居座り続けたアホウドリを〃親父〃と呼んだ彼らの生を、ぼくは語りたい   雲の垂れ込めた 夜の海 船は暗黒の航海をつづける 船乗り達は眠る 明日の長くはげしい労働のために 彼らの夢に彼らの灯台は灯っているだろうか ぼくは眠らずに目を凝らそうとする

  • 時間の蛇

    時間の蛇 力を嵩にきて、卑劣な脳髄を持つもの。群猿 の王。その王の見えない杖。その杖に捲きつ いた時間の蛇。時間の蛇はらせん状に、しか し容赦なく群猿の王を滅ぼす。生死ともに時 間の恩寵なのだ。 時間の蛇が支配する世界。 群猿の王。蒼いそ の脳髄で、未来に餌を置い ている。目的化す る手段。偽りの口実。罠に かかっているとも 知らずに、すでに罠にかか っている群猿の王。 本来、生に目的などはな い