• 「義民甚兵衛」菊池寛 角川文庫

    菊池寛には「屋上の狂人」といい、知的障害者を扱った作品が多いのですが、この「義民甚兵衛」もそのひとつで、また菊池寛の中で最もよい作品ではないかと思われます。意地の悪い、悪知恵に長けた母親や兄弟から、知的障害の甚兵衛は苛められるのですが、甚兵衛の間抜けな正直さが、知らぬ間にあっと驚くような復讐を母親や兄弟にしてみせて、百姓たちから義民として崇めまつられて終わります。読後、爽快で充実した味を残す名篇で

  • 「蕎麦ときしめん」清水義範 角川文庫

    名古屋人というものを知るためには格好の本でしょう。名古屋をこよなく愛する名古屋人の屈折した心情がよく書けています。熱烈なドラゴンズファンのタクシー運転手が、客から最近調子のいいドラゴンズを褒められると「あんなもんあかんわ。監督がアホだで。」と喜びを心中に押し隠しながら、素っ気なくそう応えます。名古屋人気質というものを巧みに描いた好著です。

  • 「女たちよ!」伊丹十三 文春文庫

    巻頭に、「別れた妻そうしてまだ見ぬ妻たちへ」と書かれています。異才を放った伊丹十三の半ばどうでもよいと思われる話が、軽妙に語られていきます。女についての毒づき方は、彼の思慕する本当の女らしい女への求愛の方法なのでしょう。伊丹は、やがて女優の宮本信子と結婚し2児をもうけますが、マスコミに追い詰められ、ビルから飛び降りて自殺してしまいました。ノーベル賞作家の大江健三郎は、彼の義理の弟に当たります。「日

  • 「日本語相談」大野晋ほか 朝日新聞社

    大野晋、大岡信、丸谷才一、井上ひさしといった日本語の達人たちが、雑誌読者の日本語についての質問に、それぞれの個性が丁寧に応えた問答集です。「なす」の本来の正確な言い方は「なすび」、総理大臣が引き続き政権を担当するときなどの「続投」という言葉は野球用語、「結果論」という言葉も野球用語等々。われわれが、普段何気なく使っている日本語について、新しく思い掛けない発見にみちびいてくれる本です。全四巻あります

  • 「アインシュタインの宇宙」佐藤文隆 朝日文庫

    宇宙観を一変させたアインシュタインの相対性理論は、しかし、著者によれば、アインシュタインの天才をまたなくとも、見出された理論であったろうと言っています。科学者の理論というものが、どれほどその科学者の世界観を拠り所にして成り立っているものであるかをきれいに説明してくれています。ヒーロー扱いされがちなアインシュタインを等身大の像に戻してくれます。アインシュタインに関心のある人は、一度、読んでみることを

  • 「星と宇宙の科学」佐藤文隆・海部亘男 新潮文庫

    星や宇宙のことが知りたいと思う人には、うってつけの本です。二人の科学者が互いの情報をもとに、最新の星や宇宙の情報を提供してくれます。宇宙の卵は、原子よりも小さかったと語られるとき、わたしは思わず息をのみ、物理学によって提供される知見に圧倒されるような思いを抱いたものでした。豊富な写真や図柄も盛り込まれ、星や宇宙のことに関して興味のある人にはぜひ手に取ってもらいたい一冊です。

  • 「読むクスリ」上前淳一郎 文春文庫

    読むと、気持ちが浮き立ち軽くなるような話を集めた本です。週刊文春に連載された好評のシリーズもので、本は十数巻出ています。上前の語り口は軽妙で、上質な現代の小話を聞いているような趣があります。ちょっとした感動を誘うものや、品のいいエスプリの利いたもの、実業家たちの武勇伝等々。読めば、自然と微笑がこぼれ気持ちが晴々としてくる本です。

  • 「青山二郎の話」宇野千代 中公文庫

    青山は語り難い人です。何もしなかった天才といわれ、古美術の当代きっての目利きで、本の装丁もしていましたが、では何者かといわれると説明のしようがない人です。そこにいるというだけで本人や周りの人が確かな意味を持つという不思議な人でした。彼には数冊の文章がありますが、どれも彼の活眼が光る破格のものです。青山は筆者の宇野千代を「もっともよくできた田舎者」と評しました。先述の白州正子や著名な知識人も彼を人生

  • 「ティファニーで朝食を」トルーマン・カポーティ 新潮文庫

    自我確立が主題となっている小説です。小説の主人公は若い女性ですが、有名になることも俳優として成功することも、本当の自我を生きることにはならないと知っている女性です。彼女に言わせれば、それはティファニー(貴金属専門店)で朝食を食べることのように滑稽で無理な企てだということになります。自我確立とは何かと問いかける名作です。

  • 「女坂」円地文子 新潮文庫

    女流作家円地文子の名篇です。円地には源氏物語の名訳がありますが、長年、この物語に私淑した円地ならではの目が光っています。物語は、亭主から自分好みの若い妾を探して連れて来いと命じられる妻の話です。主人公の倫はこの夫の理不尽な要求に昔ながらの女として耐えてみせます。長年の心労の末、倫は足に病いを得て伏せります。途端に妻を心配しだした夫に、死の間際の倫は「私が死んだら、亡骸を冷たい海にザンブリと捨ててく

  • 「会社はこれからどうなるのか」岩井克人 平凡社

    経済学の基本的な考え方を会社という法人を軸にして、論じた本です。この書の中で繰り返される「法人というものは実に不思議なものである」という言葉には、経済学に長く携わってきた人の実感として、経済活動というものの不思議な実態を正確に捉えることがいかに難しいかをよく表しています。著者独自の「組織特殊的人的資産」という、ある組織の中で自在に動くことのできる人間的資産という言葉は、これからの会社のあり様を示唆

  • 「日本語練習帳」大野晋 岩波新書

    大野晋は日本語学者ですが、その所論が学会の大勢からあまりにもかけ離れていたために、一時、学会からつまはじきされていたことがあります。この書は、研究者の著作としては珍しくベストセラーになったもので、日本語を問答方式によって、より深く理解する手助けをしてくれます。読み進むにつれて日本語の年輪が浮き彫りにされ、どの日本語も日本語の歴史や伝統を背負って生きていることに気付かされます。日本語をこよなく愛する

  • 「俳句という遊び」小林恭二 岩波新書

    「俳句の愉しみ」の姉妹編です。俳句は句会や吟行などをおこなって句作するというのが一番ですが、一人しずかに句作してみるというのも、また味のあるものです。どういう句が自分の好みなのか色々と句例を挙げて、読者にも句を選んでもらい自分の目の付け所を確かめてみるという工夫がなされています。読む者も思わず句作してみたくなり、十七文字の世界最短の詩の世界に誘ってくれます。ちなみに、著者自身の句は、好きこそものの

  • 「俳句の愉しみ ー句会の醍醐味ー」小林恭二 岩波新書

    俳句の好きな著者が、みんなを俳句の世界に誘おうと筆を執ったのが本書です。著者は専門の俳人ではありませんが、句作や句会というものがいかに愉しいものであるかを、専門の俳人の家まで出向き、実際に句会を行い自身の体験をまとめました。そうして、できあがった本書はこの日本古来の文芸が、知らぬ間に人と人との間を結びつけ、俳句を通してその為人さえはっきり浮かび上がらせるものであることを痛感させるものになりました。

  • 「色彩の心理学」金子隆芳 岩波新書

    ※<北海道地震で被災された方々に、心よりお見舞い申し上げます> 錯視現象や色彩の心理テストから筆を起こし、話はゲーテの色彩論にまで及んでいきます。ニュートン光学に由来する通常の色彩論とは、まるで違う色彩についての論述に、読者は少々戸惑いますが、色彩がいかに豊かな意味合いを担っているものであることに、改めて気付かされることになります。ゲーテの色彩論は、いわば、画家の目を拠りどころとした色彩についての

  • 「猫のゆりかご」カート・ヴォネガット・ジュニア ハヤカワ文庫

    SF界の文豪カート・ヴォネガット・ジュニアの中でも、もっともよく知られた作品です。水を常温で、氷のように固形化してしまうアイスナインという新物質が開発され、使い方を誤り、世界中の水が固まっていってしまい、人間も塑像のように次々と固まっていくというストーリーです。最後のひとりとなった主人公が、天に向かってアッカンベーをしながら、固まって滅んでいくシーンは、SF作品らしい辛辣な機知を感じさせます。  

  • 「素直な心になるために」松下幸之助 PHP文庫

    わたしの記憶があいまいで、この本だったかどうか不確かですが、九才で丁稚奉公から出発した自分の仕事の履歴を語り、一家を構えて仕事をするようになります。夜になると昼間あったことをしずかにかんがえてみる。そうすると本当はこうであったということがはっきりと分かる。松下という人が直に事や物に即して考えることができた稀な人だったということを証しています。

  • 「分析心理学」ユング みすず書房

    難解といわれるユングの著作の中でも、ユング心理学の初心者にはもっとも近づきやすい著作です。ユングの学問の骨格がほぼここに出揃っています。一般にフロイトの学問は精神分析学と呼ばれ、ユングのそれは分析心理学と呼ばれます。「一体に、心理療法家は何をしてもいいが、夢を分析することだけはしていけない」というユング自身の言葉と相反するようですが、ユングは自分の学問の根幹が分析心理にあることをじつによく知ってい

  • 「物の見方 考え方」松下幸之助 PHP文庫

    経営の神様といわれた松下幸之助は非常な警世家でもあり、世の中に警告を発し続けました。松下政経塾は実業家の片手間仕事ではなく、憂国の心からどうしてもたち上げたかったものです。その松下が、自分の経験を踏まえ世の中のためにという志を抱いて書いたのが本書です。松下は、どんなに忙しいときでもしずかにかんがえることのできた人です。そうしてその思考は、一見独断的に見えても、決してものの道理というものを踏み外さな

  • 「スーパー・ネイチャー2」ライアル・ワトソン 日本教文社

    数々の目を見張るような超自然的な出来事が満載された本です。著者のライアル・ワトソンは、アフリカで生まれ育ちました。そのためもあってか、彼の発想は既成の学問の枠をまったく自由にはみ出るものとなりました。原初の人間に却って、本当の偉大な知性を見、未開の人々に文明人の及ばぬ知恵を発見するところなどは、そのことをよく示しています。シンクロニシティ、大数の法則などについて言及した箇所は、これらの現象がいかに

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