• 「四季をめぐる51のプロポ」アラン 岩波文庫

    ここには、日本人が感じる情感を伴った「四季」とは、まるで異なった欧米人の感じる「四季」の姿があります。われわれに寄り添い、豊かな恵みを与えてくれる「四季」ではなく、はっきりと、それに対抗し、武装する必要さえある「四季」が克明に描かれていきます。聖書の記述に見える、イエスが、季節ではないいちじくに向かって「今から、実を結ばざれ」と呪いをかけたことの弁明といって良いような書物です。われわれ日本人の季節

  • 閑話休題 ブログ村のカテゴリーについて

    最近、げんなりしたことがある。 ブログ村のカテゴリーについてであるが、わたしは、これについては真面目に考え、自分で、おすすめできない本は、まるで載せていない。 他の人のブログについては、あまり興味が湧かず、ランキングが、わたしより上や競っているブログの方々は、わたしの知らない「おすすめ本」を紹介していて、頑張っているものだとばかり思っていたが、最近、興味が湧いて、そのブログを覗いてみたら、事情はま

  • 「微生物の狩人」ポール・ド・クライフ 岩波文庫

    現在、科学でもっとも分からない分野は、微生物の世界だと言われています。一つの砂粒の中に、一億個以上いる微生物の、その無限の無限を探求する必要があるからだそうです。本書は、その微生物研究の先駆けとなった、当時最先端の顕微鏡を用い、詳細にその不思議な姿を描いて見せたレーエンフェックをはじめとして、有名な狂犬病のワクチンを開発したパストゥールやコレラ菌を発見したコッホなどの登場する、微生物学者たちの生き

  • 「ドン・キホーテ」セルバンテス 岩波文庫

    人間性とはいいますが、これほど偉大でまっさらな心情を持った作中人物は他にいないでしょう。著者のセルバンテスは、この書のために、風俗紊乱罪で投獄されています。現代の視点から見れば、滑稽なほどの法律の乱用に見えますが、著者の有名な「ドン・キホーテは私だ。」という裁判での弁明の言葉は、その後の文学の脊髄を形作る、文学者の金科玉条となりました。

  • 「アントニーとクレオパトラ」シェイクスピア 新潮文庫

    シェイクスピアの作品の中でも、もっとも爛熟し退嬰的な気配の漂う、通好みの作品です。家来や召し使いたちは主人公たちより潔く、次々と自ら命を絶っていきます。残された彼らには、背徳の影が色濃く忍び寄ります。大人同士の恋愛悲劇とは、かくあるものかと、読者は、熟れ過ぎた果実をほおばるように、その頽廃した複雑な味わいを、咬みしめることでしょう。

  • 閑話休題 妖怪流行

    軽い話をひとつ。最近、子供たちを中心に、親も巻き込んで、妖怪や怪物が大流行りである。面白いし、何か、よいことのように思えてしょうがない。 あの複雑怪奇で、大げさな形象と有り得ないような色の組み合わせは、泣く子供も多いようだが、子どもの心に、豊かな栄養分を与えるような気がしてならない。 柳田は、「妖怪談義」の中で、なぜ、昔の人には妖怪を信じる人が多くて、今は、信じる人がまるでいないか、分からなくて困

  • 「おバカさん」遠藤周作 角川文庫

    この小説のモデルは、アウシュヴィッツの強制収容所で、自ら、ある男の身代わりになって、獄死したコルベ神父だとされています。一般社会では、愚図で愚鈍な男という烙印を押されていたこの神父は、遠藤周作の心を強く揺さぶり、この小説の得難いモチーフとなりました。まるで、敬虔なカトリック作家遠藤周作と人を笑わせることを生きがいとする狐狸庵山人とがない交ぜになったような小説ですが、読後、強い印象を残さずにはいない

  • 「とりかへばや、男と女」河合隼雄 新潮文庫

    日本中世の王朝文学「とりかへばや物語」を、まったく新しい角度から切り込んだ河合隼雄渾身の性の劇です。男らしい女を男として、女らしい男を女として育てるという、この物語の趣向は、荒唐無稽なおとぎ話としての価値しか持っていなかったという頑固な常識的見解をはるかに越えて、論は進行していきます。性差とは何か、男と女とは果たしてどのような意味を持ちうるのか。この永遠の問いに本書は、およそ考えられる限りの論を尽

  • 「陰翳礼讃」谷崎潤一郎 中公文庫

    この書は、現在、世界中の美術家の間で読まれている書物です。書中「日本人は障子に遮られて、生気を失った、死んだような日の光を愛した」という言葉は、撰者には、自分の日本人としての心の小暗い深所を、まるで懐中電灯ででも照らされたかのように、あっと驚いたものでした。日本文化を語るときには、欠かせない書物のひとつです。

  • 「日本文学史早わかり」丸谷才一 講談社文庫

    この本は、受験に役立つ本ではありません。日本文学の脊髄を作り上げてきた文学を和歌に見、その歴史伝統について論じた本です。著者の着眼は正鵠を射ていると言っていいでしょう。著者の丸谷才一は、いままで、だれも気がつかなかったことに気がつくのが得意な人で、この本もそうした著者ならではの眼光が光っています。一読して、日本文学の急所の在りどころを明らかにしてみせます。丸谷ならではの独創性に富んだ日本文学史です

  • 「対談集 九つの問答」司馬遼太郎 朝日文芸文庫

    司馬遼太郎が、各界の人物たちと文化、国家について縦横に語った対談集です。巻頭の井筒俊彦との対談が選者には、一番おもしろく読めましたが、それぞれに知的刺激に溢れた対談群です。司馬は国民的に人気のある作家ですが、その司馬の等身大の姿が見えてくる得難い書物です。司馬遼太郎は、単に人気があるだけの作家ではなく、晩年は、一個の憂国の士でもありました。他に「中国を考える」「歴史を考える」もお薦めの対談集です。

  • 【本 決定版!】おすすめ本ブログ記事一覧 読んだ本の書評たくさん有♪♪

    読書する前にぜひ僕・村内伸弘が心込めて書き上げた書評(読書ブログ集)をご覧ください。そして本を読んでみてください。 本の読み方 - 吉田松陰「留魂録」 全訳注 古川薫 本はすばらしい! 本はうつくしい!! ▼読んだ本 【追悼】直木賞作家 古川薫さん 吉田松陰の「留魂録」は激動する21世紀の春夏秋冬を生きつつある若い世代に、今こそ味わってもらいたい大文章である。 "昭和の大ブロガー" 八王子人・橋本

  • 「横しぐれ」丸谷才一 講談社学芸文庫

    歌人種田山頭火を描いたフィクションです。わたしの好みからいくと丸谷の中でもっともよい小説ではないかと思われます。「横しぐれ」という一語を文学史的に繙いていって、旅先で偶然出会った山頭火に「なるほど、これで十分なわけですな」と言わせます。「横時雨」はこの一語で成立している「うた」で、古来から歌の師匠たちはこの言葉を和歌に使ってはならぬと教えてきたといいます。そうして、山頭火の流浪の人生を思い、禁忌に

  • 「未成年」ドストエフスキー 岩波文庫

    ドストエフスキーの心理観察眼が縦横無尽に極限まで達したかと見える小説です。一人の未成年に語らせるという形式を取り、「悪霊」の直後に書かれ、「カラマーゾフの兄弟」への踏み台となったこの小説は、ドストエフスキーの最も得意な分野である複雑怪奇な心理世界を余すところなく書き尽くしているようです。小説の最後に「現代の小説を書きたいと願う人間は、推察することです。そして、誤つことです。」という心理世界の極北に

  • 「賭博者」ドストエフスキー 新潮文庫

    ドストエフスキーは自身を省みて「私はあらゆことにおいて限度を踏み越える人間だった」と述懐しています。ルーレットにはまると、靴下まで賭けてしまうというところにまで行くほどでした。この作品はドストエフスキーが口述したことを筆記し、即製されたものです。借金を返すためのやむを得ない事情からでした。賭博者というものは金が目当てでギャンブルをするものではないということを、これほどよく分からせてくれる小説は他に

  • 「樹影譚」丸谷才一 文春文庫

    丸谷才一は先年亡くなりましたが、現代小説家として、通好みの小説ファンが多かった人です。「小説家としては学問があり過ぎ、学者としては想像力があり過ぎる」と言われたほど博識な小説家でした。この小説はまだ女を知らない青年と可憐な生娘との初体験がテーマです。うぶ同士の若い男女の交渉はよく書かれていて、微笑ましくすら感じられます。フレッシュな性愛を描いた小説です。

  • 「地下室の手記」ドストエフスキー 新潮文庫

    小型爆弾と言ってよい本です。「罪と罰」の直前に書かれました。ドストエフスキーは人物としてはとても意地が悪く、付き合う人々を困らせずにはいない厄介な人である上に、至極純良な心を持っているというじつに複雑な心の持ち主でした。「ぼくは病んだ人間だ。意地の悪い人間だ。」という出だしで始まるこの小説は、そのドストエフスキーの露悪的な面が存分に発揮されたロシア風の私小説と言っていいものです。ニーチェはこの小説

  • 「読書について」小林秀雄 新潮社

    小林初期の数ページほどの短文です。初期の小林らしい江戸っ子気質が窺える威勢のいい啖呵を切ったような短い文章ですが、わたしは若い頃この短文を読み、どれほど勇気づけられ励まされたか知れません。この短文は最後にこう締め括られています。「良書は、どのような良書であれ、たった一つのことしか語っていはしない。君は君自身になり給えと。君に何が欠けていようか。」手元に本がないため、記憶の中の不手際な引用ですが、こ

  • 「地中海の感興」ポール・ヴァレリー 平凡社ライブラリー

    ヴァレリーは、ベルクソンやアランと並ぶ同時代の哲学者で、詩人でもあり批評家でもありました。明晰な純粋意識を徹底して実験して見せた『テスト氏』は、数学的な意識研究報告書といっていいものです。『ドガ・ダンス・デッサン』では親交のあった画家ドガの言葉をモチーフに、批評文のあらゆる可能性が試され、深遠な哲学、明晰な批評、また、底抜けの冗談まで盛り込まれています。この「地中海の感興」はヴァレリーに近づくもっ

  • 「物質と記憶」ベルクソン 法政大学出版

    精神と脳との関係は、パラレルではないことを結論づけた哲学史上画期的な論攷です。ベルクソンはこの著作のために長年失語症の研究を行いました。その知見の上で、脳は現実世界に対する注意の器官であって、記憶を司っているのは精神であると述べ、両者は確かに密接な関係にあるが、決して厳密な対応関係にはないと論じます。しかしながら、この複雑極まる論攷を手短に要約することは不可能です。詳細は本書に委せます。ただ、読解

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