• 「方法序説」デカルト 中公文庫

    近代科学の祖、デカルトの代表作です。デカルトはパスカルと同時代人で面識もありますが、両者はまるで違った人物です。パスカルはカトリックの天才と言っていい人でしたが、デカルトは方法の天才と言っていいでしょう。デカルトは若年にして、哲学上の大発見をし、その後、長い年月をかけて、その発見をするにはどうしたら良かったのかを、自らに問い続けます。デカルトは決して急ぎませんでした。判断する際、明らかな理性によっ

  • 「李陵・山月記」中島敦 新潮文庫

    作者の中島敦は若年で亡くなりましたが、漢文調の簡潔で力強い文章を得意とし、さまざまな格調の高い小説を残しました。この本に収められている短編は、どれも完成度の高い、何回もの再読に耐える、古典の名に値する名篇です。囚われの身となった「李陵」が、鬱屈を晴らそうと馬で駆けて行く場面は雄渾ささえ感じます。「名人伝」の少し現実離れしたような話には、抗し難い魅力とリアリティがあります。「弟子」の子路が孔子を深く

  • 「ゴッホの手紙」ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ 岩波文庫

    ゴッホは画家ですが、弟のテオや友人に宛てて、非常に多くの手紙を残していたことはあまり知られていません。しかも、その多くの手紙は、ゴッホの多くの絵と同じくらいの、またそれ以上の文学的な価値を持ったものだとなると驚きを増す人は多いことでしょう。ゴッホの絵が、誰の真似も追従も不可能な、断固たる芸術的な価値を持ったものであることは論をまちません。ゴッホの生涯は自殺で終わりましたが、勘違いされて思われている

  • 「ポケットに名言を」寺山修司 角川文庫

    一時代前に、一世を風靡した小さな名言集です。撰者のかんがえとしては、こうした簡便な本から、引用された文章を読んで、当の本を読んだ気になるのは、どうかとは思いますが。この本から、さらに孫引きされた言葉が、一人歩きしている感がありますので、一言しておきたいと思います。この本には、寺山の意訳がかなりあります。「文化の仕掛人」として、マンガの登場人物の葬式を真面目に執り行ったという経歴が示す通り、日本文化

  • 「半自叙伝」菊池寛 講談社学術文庫

    菊池寛の残した唯一の自伝ですが、題名の通り、自分の子どもの頃のしかも「万引き」をしていた自分の悪さを中心に書いた破格の半自叙伝です。作者の良いところは、まるでと言っていいくらい出て来ません。写実的に描かれた子どもの頃の悪事は、作者の鋭敏な心情をずいぶん傷付けたに違いないのですが、読者には「万引き」をした子どもだからと言って、将来性のない奴だと他のそうした子どもたちのことを思ってくれるなと言うばかり

  • 「人さまざま」テオプラストス  岩波文庫

    古代ギリシアの賢人、テオプラストスによる性格論です。巻頭の人物には、「空とぼけ」をして、言ってみれば、自分で自身を欺いて、利益を得ようとする人間が描かれています。性格でも、悪い性格の人間は、テオプラストスによってほぼすべて描き出されている感があります。では、良い性格の人間はとなるとテオプラストスは書く必要を認めなかったようです。本書は、数時間あれば読み通せるほど短いものですが、何回読んでも新しい発

  • 「厄除け詩集」井伏鱒二 講談社学芸文庫

    近代の小説家、井伏鱒二の唯一の詩集です。小説が書けなくなったときの厄除けに書いた詩群で、それで、「厄除け詩集」とつけたと言っていますが、その内容から見ても、井伏が詩人としても抜群の素質の持ち主であったことを窺わせます。漢詩を現代語訳した詩「この盃を承けてくれ、どうぞなみなみ注がせておくれ、花に嵐のたとえもあるぞ、サヨナラだけが人生だ」などは、みんなをあっと言わせたもので、当の漢詩よりも柔軟で豊かな

  • 「海に霧」寺山修司 集英社文庫

    演劇の世界で活躍した著者は、短詩型もよくしました。この本はその寺山の短歌俳句集です。題名の由来となった「マッチする束の間海に霧深し身すつるほどの祖国はありや」の歌も収められています。終戦直後の日本人の複雑な心境が読み込まれていると言っていいでしょう。寺山の詩歌は音楽的で独特の韻律を持ったものです。東北の山村で、性格の強い、感情の起伏の激しい母の圧倒的な影響の下に育てられた寺山は、その荒々しい母の影

  • 「月下の一群」堀口大学訳詩集 講談社学芸文庫

    「海潮音」が文語調であったのに対し、この訳詩集は多くは口語調の詩として、さらに新しい時代の文学に資するために書かれました。やはり、フランスの詩が多く訳されました。「巷に雨の降るごとく、われの心に涙ふる」のヴェルレーヌの詩を訳した詩編は多くの人々に愛唱されました。「海潮音」と比べてみると、格段に近代的な軽さや屈折をもった詩群になっています。訳者の堀口大学自身が、また優秀な詩の書き手でした。

  • 「昔話と日本人の心」河合隼雄 岩波現代文庫

    昔話の大家でもある河合隼雄が、長年にわたる研究の成果として世に出した書物です。そのためか本書は、河合隼雄の本の中ではかなり読みづらく理解しにくい本になっています。この本で紹介されている「手なし娘」の話などは、柳田の「日本の昔話」には見えませんが、日本人の心を考える上で欠かせない話柄と言っていいでしょう。まさしく、親から縁「手」を切られた娘の話ですが、現代を生きるわたしたちにも重要な提言を投げかけて

  • 「グリム童話」グリム兄弟 池内紀訳 ちくま文庫

    グリム童話は岩波文庫にもありますが、わたしはちくま文庫を選びます。訳が良いからです。一見、荒い訳し方に見えますが、物語の真実をそこなわないという配慮がなされた訳です。おなじみの「ヘンゼルとグレーテル」「赤ずきん」「つぐみひめの王」が見えます。女性の成長に欠かすことのできない物語です。「漁師と女房」などは、日本の高度成長期の物語そのものではないかという気にさせられます。この話はまた、日本的な感性さえ

  • 「昔話の深層」河合隼雄 講談社+α文庫

    ここで取り上げられている昔話は西洋のものです。ユング派の心理療法家の著者が、昔話に秘められている意義を明快に引き出してくれます。著者は別の著作で「わたしが人の心を癒やし、救うことさえ出来たりするのは、多くの物語を知っているからである。」と言っています。物語に隠されている力は、われわれが普通に考えるより以上のもののようです。ちなみに、著者は「わたしは、古事記の大国主の物語を生きています。」と言ってい

  • 「日本の昔話」柳田国男 新潮文庫

    民俗学の泰斗、柳田国男による日本の昔話です。薄い本ですが、実に様々な話が採録されています。日本の山姥のすさまじさを思わせる「牛方と山姥」、日本の知識人が揶揄されているかのような「山父のさとり」、心が満たされない日本の妻の代表のような「飯食わぬ女房」、女性の視点から新しい発見をし、貧しい男が長者になる「炭焼小五郎」。どの話にも、昔の人の知恵と人生が詰まっています。改めて、昔話の力というものを感じさせ

  • 「城の崎にて」志賀直哉 新潮文庫

    晩年の志賀は、老練な剣豪のような風貌をしていました。志賀は、日本語から大理石像のような不動の文章をきり出すことに成功しました。ニュアンスが豊富なために、平易な言語で、正確な文章を書くことの難しい日本語の性質と、長年の間、格闘したことのあらわれなのでしょう。その日本語をあくまで生かしきりながら、簡にして要を得た確固たる造形品とするために、絶妙な言語感覚が磨かれることになりました。肉体のリズムがそのま

  • 「神々の微笑」芥川龍之介 新潮文庫

    芥川は、晩年のある時期を除いては、宗教的な考え方について秀れた見識を有していました。この作品では、布教のために近世日本にやって来た主人公のバテレンを通して、日本人の宗教の有り様を見事にとらえて見せています。短編小説ですから、論理的な説得力を持ったものではありませんが、日本的な宗教の微妙な勘所をたくみな表現力を用いて描いてくれます。日本人のキリスト教受容において、多くの示唆を提示している文章になって

  • 「オデュッセイアー」ホメロス 岩波文庫

    世界最古の英雄叙事詩です。起源は聖書より古いとされ、神話上の人物オデュッセウスが主人公です。「オデュッセイアー」とは「オデュッセウスの物語」という意味です。非常な冒険譚に富んだ物語で、古代ヨーロッパの人々にとって冒険がいかに人生の重要なテーマであったかを窺わせます。一度その歌声を聞いたら、もうその場所を離れられなくなってしまうという有名なセイレーンの歌の伝説の原話も載っています。オデュッセウスの命

  • 「私の左手が語る」本田宗一郎 講談社文庫

    ホンダ自動車の創立者本田宗一郎が、自分の履歴を自伝風にまとめた本です。平明闊達<へいめいかったつ>、一読して紙背から春風が吹いて来るような爽快さがあります。ホンダの人柄がものをいっているのでしょう。小さな町工場から身を起こし、世界のホンダにまで育て上げた技術者・実業家としてのみずからの風貌を、なんの飾り気もなく等身大で描いてくれます。巻頭には、長年の仕事で傷ついた自分の左手を誇らしく描いています。

  • 「法華経」坂本幸男・岩本裕訳注 岩波文庫

    インドは時間観念を重要視しないお国柄です。そのため、仏教経典もその経典がいつ成立したのか分からないことが多く、また、どれがもっとも重要な教典かの判別もしません。そのために、仏教が中国に渡った際、天台智顗<ちぎ>という人が教典判釈<きょうてんはんじゃく>を行い、この法華経を仏教経典の最後に成立したものとし、その最高位に据えました。法華経には、「意向」に描かれた、五十年裕福な父から離れて暮らし、父の意

  • 「蜜柑<ミカン>」芥川龍之介 新潮文庫

    芥川は、小説の中で自分の姿を見え隠れさせます。それが、初期の頃はピリッとしたエスプリと自嘲の効いたよい味の作品になるのですが、後期になると、やり切れないほどの苦い後味を感じさせるものになっていきます。この「蜜柑」では、世間の塵埃<じんあい:ちりとほこり>にまみれた自分というテーマは相変わらずの芥川ですが、はじめのうちはがさつでいやな奴と思っていた少女が、汽車を待っていた弟たちのために何個もの蜜柑を

  • 「町人貴族」モリエール 岩波文庫

    頭の働きは悪く、無教養だが大金持ちの町人ジュールダンは、貴族になりたくてしようがありません。貴族の真似をして、じつにさまざまな習い事に手を出します。ついには、娘も貴族でなければ、嫁にやらないと言い出しますが、ジュールダンは、貴族のしたたかさに手もなくやられてしまいます。観客はその有り様に抱腹絶倒しますが、いつの間にか、この町人に人間的な共感が湧くのを禁じ得ません。哲学の講義の際、哲学が本質的に揶揄

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