• 「うひ山ぶみ」本居宣長 岩波文庫

    宣長が、大著「古事記伝」を落成した年に書いた初学者のための手引き書です。宣長はここで、暇がないからといって、年を取っているからといって、また、才能がないからといって学問をしないのは、とても残念なことだ。学問は、暇がある人より、ない人の方が却って進むものだし、年を取っていても学問するのになんの差し支えもない。才不才は天賦のことで、そういうことを気に掛けてはいけないと実に懇切丁寧に説いていきます。そう

  • 「檸檬 <れもん>」梶井基次郎 新潮文庫

    梶井は宮沢賢治と比肩する童話的感性の持ち主だったと言っていいのですが、イマージュの鋭角的な強烈さでは賢治を上回っているように見えます。そうして、それが円満な童話的世界を破る裂け目となります。レモンの鮮烈な味と引き締まった造形美に爆発を見、美しい桜の木の下には動物たちの屍体が埋まっているのだと見る幻視力には、童話に安住することの難しい、都会的で苛立たしい、神経的に性急な血のさわぎが感じられるようです

  • 「中国古典選 ー易ー」本田済 朝日選書

    中国の儒教教典五経の筆頭に位置する古典です。中国は不思議なお国柄と言っていいでしょう。「易」は占いの書物ですが、それを聖典として、しかも五経の最初に掲げているのですから。孔子は五十歳になって、はじめて「易」の本当の価値が分かり、これから人生の危機を回避することができるようになるだろうと言っています。おもしろいことに、コペルニクス的転回で有名な西洋の科学者コペルニクスもやはり五十歳で占いを用い、孔子

  • 「パルムの僧院」スタンダール 新潮文庫&【お詫び】

    ※ブログだけは更新していますが、忙しくて、なかなか、みなさんのブログを訪問できな  いでいます。どうぞ、ご容赦のほどを。<(_ _)> 当時、見掛けだけ大げさでロマンチックな小説が持てはやされていましたが、スタンダールはそうした小説を憎み、一見平板にさえ見えるような文章を用い、本当のロマンチシズム溢れる小説を書くことに成功しました。スタンダールは、この小説を自分の膝に親類の少女を座らせて、その少女

  • 「恋愛論」スタンダール 新潮文庫

    スタンダールは時代を越えてはじめて、その本当の価値が分かると言われるほどの普遍精神の持ち主でした。ただ、フランス人は非常に計算好きな国民性を持っていて、スタンダールもこの恋愛論の中で、恋愛を様々なタイプに分析、分類し、これ以外の恋愛というものは有り得ないということを言っています。有り得ないかどうかはともかく、国民性の為せる業のように思えます。スタンダールは、恋愛を大きくウェルテル的な恋愛とドン・ジ

  • 「親和力」ゲーテ 岩波文庫

    親和力は化学用語です。ある物質と他のある物質とが互いに強く引き付け合う化学反応を指します。ゲーテはここで、どうしても互いに引き合って止まない人間同士の恋に例えました。一人は妻のある中年の男、もう一人は、その男を思慕する若い女性です。道ならぬ恋に悩む女性は、ついに絶食して自ら命を絶ちます。男も同じ方法で命を絶ちます。作中、ゲーテは二人の気高い死に敬意を払って書いています。自分が理念というものに従って

  • 「詩と真実」ゲーテ 岩波文庫

    ゲーテの幼少青年期の伝記です。占星術にも決して偏見を持たなかったゲーテは、自身のホロスコープを巻頭に掲げています。「ファウスト」に出てくるノストラダムスといい、ゲーテの実に広い教養の幅を思わせます。また、それらに溺れてしまうような人間でも無論ありません。世界精神と呼ばれるほどの人物の伝記です。われわれも、決してその厳めしい言葉に溺れずに読み進んで行く必要があるのでしょう。不断の人格涵養の糧となる教

  • 「タッソー」ゲーテ 岩波文庫

    タッソーは実在した歴史上の詩人です。ここでは、ゲーテはタッソーに半ば成り代わってこの劇詩を書いている感がありますが、激情家で疑い深い性格の持ち主のタッソーが、まさに、その自身の性格の故に破滅していく物語です。ゲーテのタッソーへの感情移入は並々ならぬものがあって、劇の終わりにタッソーが縄に掛けられる場面などは、この劇を読む者自身が縄に掛けられたような錯覚を起こさせるほどの力強さを持っています。性格悲

  • 「ヴィルヘルム・マイスター遍歴時代」ゲーテ 岩波文庫

    ゲーテ晩年の著作です。この書には「-あるいは、諦念の人々-」という副題があります。この本を読むキーワードになるような言葉かと思って読んでいますと、はっきりとこの言葉を語るのは、最初に出てくるヤルノという人物だけで、それもほんの少し登場しただけで、後は、最後まで彼の出番はありません。物語は、七十才でハムレットを演じているという男がいると聞いて、美容に凝る男だとか、かと思えば、寓話のような小人の世界の

  • 「風姿花伝」世阿弥 岩波文庫

    「初心忘るべからず」や「秘すれば花なり」といったたいへん有名な言葉の載っている世阿弥の芸道指南書です。「美しい『花』がある。『花』の美しさという様なものはない。」「世阿弥の『花』は秘められている、確かに。」という小林秀雄の名文句によっても光を受けました。芸術に少しでも関心のある人なら、座右に置いておきたい一書です。

  • 「ガリア戦記」カエサル 岩波文庫

    ガリアは今のフランスです。この書は、カエサルが自分のガリアでの戦歴をローマの元老院に宛てて、非常な速さで書いて報告したものです。翻訳文はかなり読みづらく、また、カエサルの時を置かずに進撃して止まない行軍は、読む者に目まいを起こさせるような果てしない単純さを感じさせるものですが、この行軍の成り行きを見守るより他に、この世にどんな意味のあることがあるとも思えないという強い思いに駆られ、読む者は次々に語

  • 「アンナ・カレーニナ」トルストイ 新潮文庫

    トルストイと比べてドストエフスキーは病的な作家と思われがちですが、トルストイには、ドストエフスキーが書いたような芸術として円熟した作品は見られません。これは、トルストイが芸術の世界に安住できなかったためで、トルストイはやがて自らの第一級の芸術作品「アンナ・カレーニナ」さえ否定する道に至ります。とはいえ、この「アンナ・カレーニナ」が非常に優れた芸術的な価値を持っていることは、間違いのないことで、芸術

  • 「クロイツェル・ソナタ」トルストイ 新潮文庫

    題名は、ベートーヴェンの有名なヴァイオリンソナタからとられています。トルストイはこの作品でクロイツェル・ソナタを徹底的に批判し、やがて、芸術一般を否定する強烈な思想を確立するに至ります。しかし、この小説で見せるトルストイの芸術家としての稟質は目覚ましく、夫が不倫をした妻をナイフで刺す場面などは、圧倒的な迫真力と異常な正確さで読者に迫ります。晩年、人類の性欲さえ否定したトルストイの異様で純潔な思想の

  • 「かわいい女」チェーホフ 新潮文庫

    およそ小説に描かれた女性で、これほどかわいい女は他にいないでしょう。オーレンカは自分の意見というものを持たない人間ですが、誰かを好きでいずにはいられない女です。三度結婚しますが、三度とも相手の意見に従い、愛し切ります。最後に寡婦になりますが、ある少年に心底から愛情を注ぎます。トルストイは、この短編小説を立て続けに五度読み、「チェーホフは写真師に過ぎない。」と言った有名な逸話があります。チェーホフが

  • 「三人姉妹」チェーホフ 新潮文庫

    チェーホフ晩年の作品です。名篇「桜の園」にも通じる象徴的な筆使いが感じられます。三人姉妹は、悲しい運命と俗悪な日常生活に曝されますが、胸の中に宿る小さな道徳的といってもよい希望の火を決して消しません。劇の最後に、三人姉妹がそれぞれに、心の底から絞り出したような偽りのない心情を歌うように語る場面は、どこからか不思議な光が差し込んでくるような気配さえあります。また、内気な風変わりな少女から俗悪極まりな

  • 「かもめ」チェーホフ 新潮文庫

    女優志望の娘ニーナは、名声にあこがれて家を出てある劇団に加わり、男に身をまかせ子どもを産み、やがて、男に捨てられ子どもにも死なれます。絶望したニーナは、自分を気まぐれな漁師に撃たれたかもめのようだと「わたしはかもめ。」と繰り返します。「わたしはかもめ。・・・いいえ、そうじゃないわ。」時を経て、ニーナの胸に知恵の閃きのように人生に忍耐する覚悟が生じます。その新しい芽は、ロシアの荒漠とした大地から真っ

  • 「ワーニャ叔父さん」チェーホフ 新潮文庫

    ロシアの近代作家チェーホフは医者でもありました。結核を患い44才で亡くなりましたが、その生涯は忍耐に忍耐を重ねた、聖職者のように清潔なものでした。作中のワーニャ叔父さんはどこにでもいるような、さしたる取り柄のない独身の中年男ですが、ある若い美しい夫人に恋をします。ワーニャ叔父さんは結局振られてしまうのですが、このツキから見放されたような男の心の苦しみには、平凡ですが、ある退っ引きならない必然性が籠

  • 「空海の風景」司馬遼太郎 中公文庫

    司馬には、硬軟入り交じった著作が多いのですが、この本はその司馬の中でも、もっとも硬い方の著作に属するでしょう。剛直な筆致で、平安期の巨人空海を描きますが、著者の筆が思うように伸びず難渋しているのが分かります。筆者は、後記でこの伝説に包まれた巨人弘法大師の衣の翻りでもいいから描いてみたかったと言います。企ては果たして成功しているかどうか。私は際どいものを感じます。やはり、司馬には鎌倉期以降の日本人の

  • 「乃木大将と日本人」S・ウォシュバン 講談社学術文庫

    ロシア戦役当時、筆者の米国従軍記者が、間近に見た乃木将軍の姿を捉えたものです。記者は、乃木をFather Nogiと親しみを込めて呼び、軍人としての賞賛には一顧も顧みず、漢詩を賞められるとニコリとする乃木の姿に、日本人の持っている武士道精神の精華を見たと言います。明治天皇崩御の際、乃木将軍殉死の一報がアメリカにもたらされるとアメリカ人士たちはみな、訳が分からない話だと首を傾げました。それを目にした

  • 「殉死」司馬遼太郎 新潮文庫

    ロシア戦役で最高司令官を務めた乃木希典を描きます。乃木は当時の論文で、「無能論」が書かれるほど戦術家としては取り柄を持たない人でしたが、松陰と同じ師によって教育されたその精神力は巨魁と言ってもいいものでした。有名な二〇三高地への攻撃命令は、まるで明日の馬の準備でもするような口振りで伝えられます。病に伏せっていた明治天皇を慮った場面は、巧まずに、読む者の微笑を誘います。生涯、一武人としての生を貫いた

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