• 「氷島の漁夫」ピエール・ロチ 岩波文庫

    豊かな色彩感覚に溢れた美しい小説です。自分が非常な美貌の持ち主であることに自分でも気がつかないような純粋な心情を持った女性と、寡黙だがたくましいアイスランドの美青年の漁夫との恋愛悲劇です。ロチは、さまざまな経緯をへて二人を結びつけますが、物語の最後で、美青年の漁夫をまるで海の女神が嫉妬したかのように、アイスランドの海へ飲み込ませます。可憐な乙女は半ば気が触れたように亡き夫のシャツにぬくもりを求めま

  • 「玉勝間」本居宣長 岩波文庫

    宣長が「古事記伝」を執筆する際、研究余録として書かれた随筆集です。内容は国学を中心として、諸事万般に渡るもので、宣長の興味教養や思考の幅がじつに広く、また深いものであったことを窺わせます。書中、尚古主義とは正反対の思考や弁証法的な論法をきれいに叙した文章などが見えます。また、孔子という人物はけっして傷付けずに、論語に文句を言っている箇所などは宣長の人物をあざやかに浮かび上がらせる秀抜な章です。徒然

  • 「銀河鉄道の夜」宮沢賢治 新潮文庫

    賢治は謎めいた詩人です。賢治の作品にはまぶしい光が散乱している感がありますが、その光がいったいどこから来ているのかまったくの謎です。また、初期の詩集「春と修羅」に見られるように、自我意識のにごりと格闘せざるを得なかった典型的な近代人であるにもかかわらず、どの近代人にも到達できなかった、いわば、底光りのするような透明感を持っています。これは「銀河鉄道の夜」の大きな特徴ですが、賢治がいったいどのような

  • 「作家の態度」福田恆存 中公文庫

    小林秀雄は福田恆存<つねあり>の人物を評して「良心を持った鳥のような人だ」と言っています。ボードレールは滅びゆく貴族階級を範にして自分の生き方にダンディズムを取り入れましたが、福田は日本人的な直感で、これからの時代は俗物的な視点が欠かせないとスノッビズムを創作態度の中に取り入れました。この書は、近代日本文学の問題点を独自の視点から掘り下げたものですが、独創的な卓見に満ち、未だにこれを越える批評は出

  • 「老人と海」ヘミングウェイ 新潮文庫

    アメリカの作家ヘミングウェイの代表作です。メキシコの海で何日にもわたる格闘の末、小さな釣り船に乗った主人公の老人は巨大なカジキマグロを釣り上げますが、その獲物はサメに襲われて骨だけにされてしまいます。人間の不屈の営みとその報われない空しさを描き、世界から共感を得た名作です。ヘミングウェイはノーベル文学賞を受賞しましたが、最期にライフル銃を口にくわえ自殺しました。何よりもハードボイルドと明快な生き方

  • 「私の幸福論」福田恆存 ちくま文庫

    福田恆存は現代の作家です。演劇、翻訳、評論など多岐に渡って活躍しました。シェイクスピアの翻訳でもよく知られています。この書はわたしにとっては忘れられない本で、浪人時代の精神的な支柱になったということもあり、このおすすめ本の中に入れました。現実は確かに不平等である。だが、不平等だからと言って不平ばかり言っていても仕方があるまい。与えられた環境をそのまま是とし、そこから歩き出すべきであろうという著者の

  • 「犬だって散歩する」丸谷才一 講談社文庫

    日本の現代作家丸谷才一の軽快なエッセーです。これはわたしの好みも入りますが、この人の文章は小説よりも、こうしたエッセーのように軽妙なものの方が、生き生きとした精彩が感じられるように思えてなりません。たいへん博学な人で、博識を元にした知的遊戯の達人と言っていいかもしれません。それでいて、ペダンチックな臭みは少しも感じさせない人で、知識がこの人の中で充分に熟れているからでしょう。この書は、その丸谷才一

  • 「代表的日本人」内村鑑三 岩波文庫

    ※西日本豪雨で、被災された方々には、心よりお見舞い申し上げます。  また、お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたします。 原文はとても立派な英文で書かれているそうです。本書は、岩波文庫の新訳ではなく鈴木俊郎の旧訳の方を選びます。旧訳の方が、内村の意図するところをよく伝えていると思えたからです。西郷隆盛をはじめとして中江藤樹、二宮尊徳、上杉鷹山、日蓮上人らの短いけれど、じつに精彩に富んだ評伝集

  • 「ナイン・ストーリーズ」サリンジャー 新潮文庫

    サリンジャーはユダヤ人の作家です。日本の禅文化の影響を色濃く受けた人で、巻頭言には白隠の「両手で打って鳴る音を片手で聞け」という禅の公案が掲げられています。サリンジャーは初めから、日本の禅文化に興味を持っていたわけではなく、アメリカで起こった、金持ちの家に生まれ、どこから見ても幸福そうだった青年の自殺という不可解な事件を追っていくうちに、それがサリンジャーにとっての公案のような働きをしたようです。

  • 「うひ山ぶみ」本居宣長 岩波文庫

    宣長が、大著「古事記伝」を落成した年に書いた初学者のための手引き書です。宣長はここで、暇がないからといって、年を取っているからといって、また、才能がないからといって学問をしないのは、とても残念なことだ。学問は、暇がある人より、ない人の方が却って進むものだし、年を取っていても学問するのになんの差し支えもない。才不才は天賦のことで、そういうことを気に掛けてはいけないと実に懇切丁寧に説いていきます。そう

  • 「檸檬 <れもん>」梶井基次郎 新潮文庫

    梶井は宮沢賢治と比肩する童話的感性の持ち主だったと言っていいのですが、イマージュの鋭角的な強烈さでは賢治を上回っているように見えます。そうして、それが円満な童話的世界を破る裂け目となります。レモンの鮮烈な味と引き締まった造形美に爆発を見、美しい桜の木の下には動物たちの屍体が埋まっているのだと見る幻視力には、童話に安住することの難しい、都会的で苛立たしい、神経的に性急な血のさわぎが感じられるようです

  • 「中国古典選 ー易ー」本田済 朝日選書

    中国の儒教教典五経の筆頭に位置する古典です。中国は不思議なお国柄と言っていいでしょう。「易」は占いの書物ですが、それを聖典として、しかも五経の最初に掲げているのですから。孔子は五十歳になって、はじめて「易」の本当の価値が分かり、これから人生の危機を回避することができるようになるだろうと言っています。おもしろいことに、コペルニクス的転回で有名な西洋の科学者コペルニクスもやはり五十歳で占いを用い、孔子

  • 「パルムの僧院」スタンダール 新潮文庫&【お詫び】

    ※ブログだけは更新していますが、忙しくて、なかなか、みなさんのブログを訪問できな  いでいます。どうぞ、ご容赦のほどを。<(_ _)> 当時、見掛けだけ大げさでロマンチックな小説が持てはやされていましたが、スタンダールはそうした小説を憎み、一見平板にさえ見えるような文章を用い、本当のロマンチシズム溢れる小説を書くことに成功しました。スタンダールは、この小説を自分の膝に親類の少女を座らせて、その少女

  • 「恋愛論」スタンダール 新潮文庫

    スタンダールは時代を越えてはじめて、その本当の価値が分かると言われるほどの普遍精神の持ち主でした。ただ、フランス人は非常に計算好きな国民性を持っていて、スタンダールもこの恋愛論の中で、恋愛を様々なタイプに分析、分類し、これ以外の恋愛というものは有り得ないということを言っています。有り得ないかどうかはともかく、国民性の為せる業のように思えます。スタンダールは、恋愛を大きくウェルテル的な恋愛とドン・ジ

  • 「親和力」ゲーテ 岩波文庫

    親和力は化学用語です。ある物質と他のある物質とが互いに強く引き付け合う化学反応を指します。ゲーテはここで、どうしても互いに引き合って止まない人間同士の恋に例えました。一人は妻のある中年の男、もう一人は、その男を思慕する若い女性です。道ならぬ恋に悩む女性は、ついに絶食して自ら命を絶ちます。男も同じ方法で命を絶ちます。作中、ゲーテは二人の気高い死に敬意を払って書いています。自分が理念というものに従って

  • 「詩と真実」ゲーテ 岩波文庫

    ゲーテの幼少青年期の伝記です。占星術にも決して偏見を持たなかったゲーテは、自身のホロスコープを巻頭に掲げています。「ファウスト」に出てくるノストラダムスといい、ゲーテの実に広い教養の幅を思わせます。また、それらに溺れてしまうような人間でも無論ありません。世界精神と呼ばれるほどの人物の伝記です。われわれも、決してその厳めしい言葉に溺れずに読み進んで行く必要があるのでしょう。不断の人格涵養の糧となる教

  • 「タッソー」ゲーテ 岩波文庫

    タッソーは実在した歴史上の詩人です。ここでは、ゲーテはタッソーに半ば成り代わってこの劇詩を書いている感がありますが、激情家で疑い深い性格の持ち主のタッソーが、まさに、その自身の性格の故に破滅していく物語です。ゲーテのタッソーへの感情移入は並々ならぬものがあって、劇の終わりにタッソーが縄に掛けられる場面などは、この劇を読む者自身が縄に掛けられたような錯覚を起こさせるほどの力強さを持っています。性格悲

  • 「ヴィルヘルム・マイスター遍歴時代」ゲーテ 岩波文庫

    ゲーテ晩年の著作です。この書には「-あるいは、諦念の人々-」という副題があります。この本を読むキーワードになるような言葉かと思って読んでいますと、はっきりとこの言葉を語るのは、最初に出てくるヤルノという人物だけで、それもほんの少し登場しただけで、後は、最後まで彼の出番はありません。物語は、七十才でハムレットを演じているという男がいると聞いて、美容に凝る男だとか、かと思えば、寓話のような小人の世界の

  • 「風姿花伝」世阿弥 岩波文庫

    「初心忘るべからず」や「秘すれば花なり」といったたいへん有名な言葉の載っている世阿弥の芸道指南書です。「美しい『花』がある。『花』の美しさという様なものはない。」「世阿弥の『花』は秘められている、確かに。」という小林秀雄の名文句によっても光を受けました。芸術に少しでも関心のある人なら、座右に置いておきたい一書です。

  • 「ガリア戦記」カエサル 岩波文庫

    ガリアは今のフランスです。この書は、カエサルが自分のガリアでの戦歴をローマの元老院に宛てて、非常な速さで書いて報告したものです。翻訳文はかなり読みづらく、また、カエサルの時を置かずに進撃して止まない行軍は、読む者に目まいを起こさせるような果てしない単純さを感じさせるものですが、この行軍の成り行きを見守るより他に、この世にどんな意味のあることがあるとも思えないという強い思いに駆られ、読む者は次々に語

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