• 【白兎神社】(はくとじんじゃ)と【砂丘】鳥取市

    【白兎神社】(はくとじんじゃ)は、鳥取県鳥取市に所在する神社。旧社格は村社。白兔神を主祭神とし、保食神を配祀する。白兔神は日本神話に登場する因幡の白兎のことであり、その説話の内容から皮膚病に霊験のある神として、また、大国主と八上姫神との婚姻を取り持ったことから特定の人との縁結びの神としてかなわぬ恋をかなえ、特定の人との親交をより深めると信仰される。さらに、遠国の人もこの兎に願えば早く国に帰れるとい

  • 【倉敷美観地区】(くらしきびかんちく)②/ 大原美術館

    【大原美術館】 本館・分館・工芸・東洋館からなります。本館には西欧の近代絵画と彫刻を合わせ約140点を常時陳列しています。主な作品はエル・グレコの「受胎告知」、ゴーギャンの「かぐわしき大地」などです。分館は近代日本の洋画と、日本の現代絵画、彫刻の常設館となっています。工芸館にはバーナード・リーチなど4大陶芸家の作品が1階と2階に2つずつの個室を設けて陳列されています。強烈な個性と独特のタッチによっ

  • 【阿智神社】(あちじんじゃ)倉敷市本町

    【阿智神社】(あちじんじゃ)は、倉敷の総鎮守。倉敷市中心部、倉敷美観地区の北にある鶴形山と呼ばれる小高い山の上に鎮座しています。古代、「亀島」「鶴形島」などと呼ばれていた現在地に住み着いた阿知使主の一族が作った庭園が元となったといわれています。 かつて岡山平野は吉備の穴海と呼ばれる海域で、当時は窪屋郡阿智郷であった現在の倉敷市鶴形山周辺は交通の要衝であったといわれ、そのため海上交通の守護神である宗

  • 四国で最大の前方後円墳頂上に鎮座する【妙見神社】

    四国地方で最大の前方後円墳、「富田茶臼山古墳」の 頂上に鎮座する【妙見神社】(みょうけんじんじゃ)です。階段の参道を登ると簡素な祠があります。 富田茶臼山(とみたちゃうすやま)古墳は、四国最大の前方後円墳で、道の駅「みろく」のすぐそばにあります。古墳の上にあった木は伐採されており、前方後円墳の形が分かりやすくなっています。古墳の東に公園があり、そこに駐車スペースがあります。 富田茶臼山古墳の特徴は

  • 【湯神社】と【中嶋神社】/ 愛媛県松山市

    【湯神社】(ゆじんじゃ) 式内社で、旧社格は県社。神紋は「亀甲に花菱」。相殿に式内社の出雲崗神社(いずものおかじんじゃ)を祀る。別称として、「湯月大明神」・4柱の神を祀るため「四社大明神」・伊佐爾波神社の西にあるため「西宮」とも呼ばれる。社名は道後温泉によるもので、古くは道後温泉の起源地である鷺谷(現 松山市道後鷺谷町)に鎮座していた。 主祭神:大己貴命 (おおなむちのみこと) 、少彦名命 (すく

  • 【内子町】(うちこちょう)と【旭館】(あさひかん)/ 愛媛県

    愛媛県の【内子町】(うちこちょう)は1990年ころから白壁の「八日市・護国の町並み保存地区」を中心に、「内子座」の文楽・歌舞伎公演や里山の農産物など、小さな観光地として四国の観光コースになっています。町並保存地区には、稲荷神社があります。また、レトロな大正時代の【旭館】(あさひかん)があります。この館は、森文醸造(株)など地元有志が大正14年に作った活動写真館です。 「稲荷神社」 【旭館】(あさひ

  • 【伊佐爾波神社】(いさにわじんじゃ)愛媛県松山市

    【伊佐爾波神社】(いさにわじんじゃ) 式内社で、旧社格は県社。神紋は「左三つ巴」。別称として「湯月八幡」・「道後八幡」とも呼ばれる。松山市市街地の西部、「道後温泉」近くの道後山山腹に鎮座する。 国の重要文化財に指定されている社殿は、全国に3例しかない八幡造である。このほか、重要文化財の太刀(銘 国行)が伝えられている。社伝によれば、仲哀天皇と神功皇后が道後温泉に来湯した際の行宮跡に創建されたという

  • 福岡到着

    祖父宅からの帰省 朝イチ、お寺に行って 妹と土産店へ Kn君がウニ買ってきてと言うから ノーマルと加工品の3つを購入してきました(*•̀ᴗ•́*)و ̑̑ 妹は、土産店の売店でハンバーガーを購入w 我が妹ながらよく食べるわーー💧 この後ソフトクリームも 食べてました・・・・( ̄д ̄)・・・・ 土産店の後は、神社へ(´∀`)ノ⌒◎┃賽銭箱┃ ↑↑↑おみくじも購入です。 干支で年齢わかるかなw この

  • 【白玉大明神】( しらたまだいみょうじん ) 大阪府八尾市

     【白玉大明神】( しらたまだいみょうじん ) 大阪府八尾市 この神社は、大阪府八尾市新家町の狭い路地の間にひっそと鎮座しています。近くを通ると赤い鳥居が一瞬見えるだけです。鳥居に額はなく、案内板などもありませんので由緒などは不明です。後で調べてみるとこの神社は【白玉大明神 】( しらたまだいみょうじん ) 」であることが分かりました。 住所:大阪府八尾市新家町2丁目 

  • たくさんの神様の【稲荷社】と【白光地主大神】/ 大阪市生野区

    大阪の生野区内の神社巡りをしてたときのことです。狭い道を歩いていて偶然にこの鳥居が目に入りました。この【稲荷社】の赤い鳥居の額には、 猿田彦大神・松吉大神・吉松大神・福松大神・お市大神・およし大神とぎっしりと神様の名前が並んでいます。そして、横の石の祠の方が【白光地主大神】です。 一度にたくさんのお参りをすることができます。由緒等は不明です。  場所:大阪市生野区桃谷付近  アクセス:JR大阪環状

  • 【山乃王大明神】(やまのかみだいみょうじん)東大阪市玉串元町

    大阪府東大阪市玉串元町に【山乃王大明神】(やまのかみだいみょうじん)が隠れるように鎮座してます。 この神社を見つけるのは苦労します。道から駐車場の前を奥へ10mほど進んだ所に木製の小さな鳥居と門があります。門は開いてました。鳥居には【山乃王大明神】と記されています。また、真新しい灯篭が2基建っています。その横の標石には「山之王稲荷大善神境内改修」となっています。ここには手水鉢も狛犬もいません。境内

  • 2017年 初詣 / 社寺仏閣巡り(6か所)

    初詣① 【楠木大神】(くすのきだいじん) 樹齢500~600年と言われているクスノキ。小さい祠(ほこら)には、陶器製のヘビの置物が祀られています。この場所にはかつて「本照寺(ほんしょうじ)」というお寺があり その境内に在った御神木でしたが、昭和13年の戦時中に行われた道路の拡張工事によって現在の状態になっています。今回は元旦なので交通量が少ないですが、平日の撮影は注意が必要です。(1月1日撮影)

  • 【津田の松原】と【津田石清水神社】香川県さぬき市

    【津田の松原】 「日本の渚百選」にも選ばれた白砂青松の景勝地。紺碧の海、白い砂浜、緑輝く松林、県立公園に指定されたのち、瀬戸内海国立公園として重ねて指定を受けた「琴林公園」。江戸時代の初期に岩清水八幡宮の防風林として植えられたのが始まりとされています。白砂の浜と黒松林のコントラストが美しい景勝地で、樹齢600年を超える老松をはじめ、根上がりの松等が約1kmにわたって続いています。 場所:香川県さぬ

  • 【伊勢神宮】(いせじんぐう)/ 三重県伊勢市

    【伊勢神宮】(いせじんぐう) 「お伊勢さん」「大神宮さん」と親しく呼ばれる伊勢神宮は、正式には「神宮」といいます。神宮には、皇室の御祖先の神と仰ぎ、私たち国民の大御祖神として崇敬を集める天照大御神をお祀りする内宮な(皇大神宮)と、衣食住を始め産業の守り神である豊受大御神をお祀りする外宮(豊受大神宮を始め、14所の別宮、43所の摂社、24所の末社、42所の所管社があります。これら125の宮社全てをふ

  • 【阪合神社】(さかあいじんじゃ)大阪府八尾市

    【阪合神社】(さかあいじんじゃ)大阪府八尾市 近鉄(大阪線)河内山本駅の西南西500メートルに鎮座します。 社地は幹線道路に近いわりに静寂が保たれている『延喜式』(神名帳)所載の「坂合神社二座」(河内国若江郡二十二座のうち)に比定される古社。「坂合」は「サカアヒ」とも「サカヒ」とも読みます。 明治四十年(1907)年に矢作神社(八尾市南本町6丁目)に合併されましたが,故地への遷座を望む声が高まり,

  • 【矢作神社】(やはぎじんじゃ)大阪府八尾市

    【矢作神社】(やはぎじんじゃ)は、延喜式神名帳に記されている式内社で、別宮八幡とも称する。矢作は「やつくり」とも読む。当地は、元は物部氏の傍系一族である矢作連の屋敷跡であったとされ、神社は矢作連の氏神である。11世紀に石清水八幡宮の掃部別宮(八尾掃部別宮)となり、江戸時代には石清水八幡宮の掃部奉仕をしている。別宮八幡といわれる所以である。境内には大きなクスノキが数本茂っている。また、社前の大きな銀

  • 明けましておめでとうございます🌅

    本年も引き続き宜しくお願い致します🆕 (写真は東京都江戸川区本一色の本一色天祖神社です)

  • 【今福行者尊】(大聖不動明王・高祖神大変大菩薩)大阪市城東区

    【今福行者尊】は、大阪市城東区今福南の「皇大神宮」の横にあります。額に【今福行者尊】と墨書きされています。玉垣には大聖不動明王(ふどうみょうおう)、高祖神大変大菩薩(だいぼさつ)と赤字で墨入れされています。真ん中が、高祖役行者神変大菩薩さま、右が大聖不動明王さま。左には大本山聖護院門跡 大峯山上と彫られております。聖護院門跡は京都の修験道のお寺です。なで石が置いてあります。「心の持ちようで、なでる

  • 【須佐之男尊神社】(すさのおのみことじんじゃ)<関目神社>

     この神社は、須佐之男尊を祭神とし、現在は、関目神社と称しています。創建年代は不明ですが、天正8年(1580年)豊臣秀吉が大阪城築城の際、この地が大阪の鬼門にあたるということから鬼門鎮護の神として毘沙門天(びしゃもんてん)、牛頭天王(ごずてんのう)を勧請し、小祠を建立したのが起源といわれています。社殿は正徳年間(1712~13年)の台風により罹災しました。また、明治18年の大水害により流出しました

  • 【野江水神社】(のえすいじんじゃ)大阪市城東区

     水波女大神(みずはのめのおおかみ)を祭神とし、一般には水神社・水神さま・水神宮・野江神社などと呼ばれています。伝えられるところによれば、天文2年(1533年)三好政長が近くに榎並城を築く際、たびたび水害を被ったので、水火除難の守護神として城内に小さい祠を造営し、祀ったのが起源といわれています。野江一帯は、昔から土地が低く湿地帯であり、大雨のときには淀川やその支流が氾濫し、たびたび水害を被ったため

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