• いろはカルタ 「ま」 江戸と上方 いろはカルタ 「ま」 江戸と上方

     負けるが勝ち(江戸) 『一時は勝ちを譲って、しいて争わないことが、結局は勝利をもたらすことになる。』  言ってわかる人は何も言わなくても相手の気持ちを正しく受け止めることができる。  そういう言って聞かせてわかる人は少なくなってきた。そんな人と論争をしても不毛の何の成果もみだせない時間つぶしになってしまうのが落ちである。  言って聞かせて分かる年齢は幼少期で特に3歳児ぐらいが一番相手の発言に耳を

  • いろはカルタ 「や」 江戸と上方 いろはカルタ 「や」 江戸と上方

     安物買いの銭失ひ(江戸) 『値段の安いそまつな品物を買うのは、その品物が長持ちしないため、かえって高いものにつくこと。』  「私のこの上着、いくらに見える」  「相当したでしょう。万は超してるわよね」  「いいものに見えるでしょう。三千円よ」 今は技術の進歩で品質の良い安い商品が多く出回るようになった。  品質が良く、長持ちするそんな安い商品があらゆる分野で出回るようになった。この時代の変化にど

  • いろはカルタ 「く」 江戸と上方 いろはカルタ 「く」 江戸と上方

     臭い物には蓋をする(江戸) 『内々の醜悪な事実を他人に知らせないよう、一時的な間に合わせの方法で隠し防ぐこと。』  2011年の東日本大震災に伴う東京電力の原発事故のその後の対応を見ていると臭いものには蓋をするという言葉がぴったりである。  よくもここまで隠蔽と虚偽で国民に対応できるものだと恐れ入ってしまう。  東電といえば日本の代表的企業で個人投資家にとっては憧れの東証一部の銘柄である。  日

  • いろはカルタ 「お」 江戸と上方 いろはカルタ 「お」 江戸と上方

     鬼に金棒 (江戸) 『鬼にかなぼうを持たせると、強い上にいっそう強くなって手出しができないこと。』  政治家に金を持たせると手が付けられなくなる。  遠い親戚、選挙が近づくと急に親戚付き合いが始まる。彼が県議会議員から国会議員へと変化していく様子を目の当たりに見ることができた。  政治家の実績を重ねていくにつれて、金のほうもよく集まるようになった。  大金を自由にできる年齢になるころからだんだん

  • いろはカルタ 「の」 江戸と上方 いろはカルタ 「の」 江戸と上方

     のど元すぐれば熱さ忘るる(江戸)   『苦しい経験も過ぎ去ればけろりと忘れること。』  人は健康に生きていけるようにできている。少々な苦しい経験をしても時とともに忘れて元気に生きていくようである。  なかには、昔のことをいつまでも忘れずに事あるごとに話題にして、旦那を苦しめる。  忘れてはいけない体験と忘れた方がよい体験がある。  人は忘れてはいけない体験の方を忘れてしまう傾向にある。     

  • いろはカルタ 「ゐ」 江戸と上方 いろはカルタ 「ゐ」 江戸と上方

     芋の煮えたのご存知ないか(江戸) 『物事にうかつなものをあざけっていう言葉。』  親戚の健さんの家の上二人が大学生になって外に出たので、部屋が二つ空いた。  そこで健さんが部屋を空けたままにしておくのも勿体ないので学生向けの下宿屋を始めることにした。  「健さん、あんたとこには一人娘が居たな、学生相手の下宿屋をして大丈夫かな」  「大丈夫、まだ中学生や」  「へえ、もう中学生か」  「まだ中学生

  • いろはカルタ 「う」 江戸と上方 いろはカルタ 「う」 江戸と上方

     嘘から出た誠 (江戸) 『初めは嘘であったことが、偶然に事実となって現れること。』  世界のあちこちで紛争が絶えない。しっかりとした宗教を持つ国民ほど紛争が激しいようである。  人間という不可思議な生き物の寄り集まりで、その形成する集団はわけのわからない理解不能な世界である。  そのような世界は、どこまでが本当でどこからが嘘か分からない。虚実入り混じっての世界では、嘘から出た誠も誠から出た嘘も何

  • いろはカルタ 「む」 江戸と上方  いろはカルタ 「む」 江戸と上方 

     無理が通れば道理ひっこむ (江戸) 『道理にはずれたことが世の中に行われれば、道理にかなったことが行われなくなる。』  古今東西、今も昔も人が起こす事件は山のよう。 中でも、「無理を通す人」いや「無理を通せる人」と「道理を引っ込める人」の人間関係には関心がある。まさにドラマである。  近年の事件をみているとこの手の事件が多い。詳しくその姿を追求していくと一本の短編小説となる。問題はその解決方法が

  • いろはカルタ 「ら」 江戸と上方 いろはカルタ 「ら」 江戸と上方

     楽あれば苦あり(江戸) 『楽のあとには苦労がくる。楽をしていると後には苦しい思いをせねばならぬ。』  であるならば、苦の後には必ず楽があるのかと言えば必ずしもそうではない。  多くは苦労をした後にそれなりの成果が報われていた。しかし、現在はそうもいかないようで、初めから終わりまで苦労の連続で一生を終わる人が多くなった。   朝寝朝酒  朝湯を浴びて  あとは書斎でネ   昼寝する  ダンチョネ

  • いろはカルタ 「な」 江戸と上方 いろはカルタ 「な」 江戸と上方

        泣き面に蜂(江戸) 『不幸の上に不幸が重なること。』  心のありようは相手に伝染していくようである。身近な例としては「あくび」の伝染が有名で飼い犬にまで「あくび」が伝染していくのを見て笑ってしまった。  「不幸」は、「不幸」を誘い、「幸福」は「幸福」を呼び込むのも肯ける。     ならば「幸福」を呼び込むような生き方を積極的にしていくことが必要である。     ヒルティーの幸福論を私なりに

  • いろはカルタ 「ね」 江戸と上方 いろはカルタ 「ね」 江戸と上方

        念には念を入れ(江戸) 『心を注いだ上にもなお心を注ぎ、おろそかであってはいけない。』  念には念を入れてことを進めることは大切である。  しかし、念には念を入れて、石橋をたたいてもなお渡ろうとしない人も考えものである。  私の友人で経済学部を優秀な成績で卒業した男がいる。  彼は親からの遺産で一生涯食っていけるものを持つことが約束されていたので、新しいことに挑戦することにことのほか臆病に

  • いろはカルタ 「つ」 江戸と上方 いろはカルタ 「つ」 江戸と上方

        月夜に釜をぬく(江戸) 『月夜に釜を盗まれる意味。油断をしていてそれに乗じられるたとえ。』  油断をしていたわけでも、関心がなかったわけでもなかったのに、執拗な攻撃で日本教職員組合を初め多くの労働組合が潰されて現在に至った。  今やブラック企業が日本の社会を牛耳っている。  あれから半世紀過ぎて執拗な攻撃の意味するところがやっと頷けるようになった。     組合つぶして  天下を取って  

  • いろはカルタ 「そ」 江戸と上方 いろはカルタ 「そ」 江戸と上方

        総領の甚六(そうりょうのじんろく)   (甚六は順録のなまり) 『総領息子は愚鈍でも順序として父の世禄を襲(つ)ぐことから、総領は他の兄弟にくらべて、愚鈍・温順なこと。』  総領は甚六に限る。愚鈍で温順だから家族,親戚、知人、友人が心を許して付き合うことができる。  頭が切れて、性格が厳しいやり手の総領は、兄弟姉妹にとって大変な重い存在になる。  初めに生まれた子どもは、男であれ女であれ大

  • いろはカルタ 「れ」 江戸と上方 いろはカルタ 「れ」 江戸と上方

        良薬は口に苦し(江戸) 『病気によく効く薬は口に苦くて飲みにくいように身のためになる。忠言は聞いていて愉快なものではない。』  苦い薬は昔の話。今は、匂いも味もない抵抗のほとんどないよく効く薬が出回っている。  小児用の薬には、甘い薬もあり、こどもがクスリクスリと要求することさえある。いいことなのか困ったことなのかわからない。  薬と同じように「忠言」も甘いものになって、厳しい苦言など素直

  • いろはカルタ 「た」 江戸と上方 いろはカルタ 「た」 江戸と上方

        旅は道づれ世は情け(江戸) 『旅は道連れのあるのが心頼もしく、世の中は互いの情け心で楽しく暮らせる。』 「ラブイズオーバー悲しいけれど終わりにしよう。きりがないから」 と、懐かしい歌が流れている。  知人の中に自分一人で大きくなり、自分一人で生きているような言動をする男がいる。  旅の道連れの楽しさも、人の情けも受け止めることができず不平不満や他人の批判に明け暮れている。  会えば、自分の

  • いろはカルタ 「よ」 江戸と上方 いろはカルタ 「よ」 江戸と上方

        葭(よし)のずゐから天井のぞく(江戸) 『葦の茎の管を通して天井を見て、天井全体を見たと思い込む意から、自分の狭い見識に基づいて勝手な判断をすること。見識の狭いたとえ。』  「おれって専門バカのところがあるからなあ」と、大した専門家でもないのに自分から名乗る本当のバカがいる。  こういう男ほど自己中心の生き方をしている。自己中心の生き方で周囲の、特に家族にどれほど迷惑をかけているか。  当

  • いろはカルタ 「か」 江戸と上方

        かったいの瘡怨み(江戸) 『現代では、差別用語で死語となった言葉である。醜い者の中でも、少しでもよいものをうらやむことのたとえ。どうにもならぬ愚痴をこぼすたとえ。』  かったい(癩)の瘡怨みについての詳細は各自で調べてください。  病気になったときや事故にあった時など「不幸中の幸い」といって自分自身に言い聞かせることがある。  また、川柳「役人の子はにぎにぎが上手」などと、袖の下をもらえる

  • いろはカルタ 「わ」 江戸と上方 いろはカルタ 「わ」 江戸と上方

        割鍋にとぢ蓋(江戸) 『似かよった者どうしが結婚すること、自分に相応する配偶者を選ぶのがよいこと。』  大概の夫婦は割れ鍋に綴蓋である。欠点だらけの人間の寄り集まりでこの社会は成り立っているのだから当然の帰結である。  不完全な男と不完全な女が結婚して、お互いの不完全な部分を補い合って生活しているのが現実である。  知人に自分大好き人間がいて自分は欠点がない最高の人間であると思い込んでいる

  • いろはカルタ 「を」 江戸と上方 いろはカルタ 「を」 江戸と上方

        老いては子にしたがふ(江戸) 『年をとってからは、何事も子に任せ、それに従ったほうがよい。』        手も足となり起き上がる夏の朝   掌          隠居生活は年寄りの知恵かも、    鬼も十八(上方) 〖鬼も十八番茶も出花。鬼でも年ごろになれば少しは美しく見えるだろうし、番茶も出花(一杯目)が香りがよい。器量が悪くても、年ごろになれば少しは娘らしい魅力が出てくるものだ。〗

  • いろはカルタ 「る」 江戸と上方

        瑠璃も玻璃も照らせば光る(江戸)                          途中で・・・「みがけば光る」に変化 『物は違うが、光を受ければともに輝く。』 「照らせば光る」から「磨けば光る」どうして変化したのだろうか。時代の流れの中で人間の生き方が受動的から能動的に変わった時代を映し出しているのではなかろうか。 「瑠璃や玻璃」を客体とみなすか、主体とみなすかで「照らせばと磨けば」の表

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