• 【信貴山 朝護孫子寺】(しぎさんちょうごそんしじ)⑤

    【信貴山 朝護孫子寺】(しぎさんちょうごそんしじ)⑤ 醍醐天皇の御病気のため、勅命により命蓮上人が毘沙門天王に病気平癒の祈願をいたしました。加持感応空なしからず天皇の御病気は、たちまちにして癒えました。よって天皇、朝廟安穏・守護国土・子孫長久の祈願所として「朝護孫子寺」の勅号を賜ることとなりました。また、朝護孫子寺は、「信貴山寺」とも呼ばれ、多くの方に親しまれています。「信貴山」は、今から1400

  • 【信貴山 朝護孫子寺】(しぎさんちょうごそんしじ)④

    【信貴山 朝護孫子寺】(しぎさんちょうごそんしじ)④ 醍醐天皇の御病気のため、勅命により命蓮上人が毘沙門天王に病気平癒の祈願をいたしました。加持感応空なしからず天皇の御病気は、たちまちにして癒えました。よって天皇、朝廟安穏・守護国土・子孫長久の祈願所として「朝護孫子寺」の勅号を賜ることとなりました。また、朝護孫子寺は、「信貴山寺」とも呼ばれ、多くの方に親しまれています。「信貴山」は、今から1400

  • 【信貴山 朝護孫子寺】(しぎさんちょうごそんしじ)③

    【信貴山 朝護孫子寺】(しぎさんちょうごそんしじ)③ 醍醐天皇の御病気のため、勅命により命蓮上人が毘沙門天王に病気平癒の祈願をいたしました。加持感応空なしからず天皇の御病気は、たちまちにして癒えました。よって天皇、朝廟安穏・守護国土・子孫長久の祈願所として「朝護孫子寺」の勅号を賜ることとなりました。また、朝護孫子寺は、「信貴山寺」とも呼ばれ、多くの方に親しまれています。「信貴山」は、今から1400

  • 【信貴山 朝護孫子寺】(しぎさんちょうごそんしじ)②

    【信貴山 朝護孫子寺】(しぎさんちょうごそんしじ)② 醍醐天皇の御病気のため、勅命により命蓮上人が毘沙門天王に病気平癒の祈願をいたしました。加持感応空なしからず天皇の御病気は、たちまちにして癒えました。よって天皇、朝廟安穏・守護国土・子孫長久の祈願所として「朝護孫子寺」の勅号を賜ることとなりました。また、朝護孫子寺は、「信貴山寺」とも呼ばれ、多くの方に親しまれています。「信貴山」は、今から1400

  • 【信貴山 朝護孫子寺】(しぎさんちょうごそんしじ) ①

    【信貴山 朝護孫子寺】(しぎさんちょうごそんしじ)  醍醐天皇の御病気のため、勅命により命蓮上人が毘沙門天王に病気平癒の祈願をいたしました。加持感応空なしからず天皇の御病気は、たちまちにして癒えました。よって天皇、朝廟安穏・守護国土・子孫長久の祈願所として「朝護孫子寺」の勅号を賜ることとなりました。また、朝護孫子寺は、「信貴山寺」とも呼ばれ、多くの方に親しまれています。「信貴山」は、今から1400

  • 【若倭姫神社】 ( わかやまとひめじんじゃ ) 柏原市

    【若倭姫神社】 ( わかやまとひめじんじゃ )  由緒:式内社。祭神 は若倭姫命。6世紀頃この地で繁栄した若倭部連の祖神を祀る神社。『旧事本紀天孫本紀』に、饒速日尊の五世の孫の建筒草命は建額赤命の子で、多治比連、津守連、若倭部連、葛木厨直の祖であると出ている。 『新選姓氏録』右京神別には、「若倭部連、神魂命七世孫天筒草命之後也」とあり、左京神別には「若倭部、火明命四世孫額明命之後也」とある。中世、

  • 大阪木津卸売市場 【三輪明神】(みわみょうじん)

    大阪木津卸売市場の西側入口に鎮座します。御祭神は、大物主大神。以前は阪神高速の下にあったのを2010年に木津市場敷地内で遷座されたようです。木津市場が休みの日曜日はこの神社の門は閉ざされていますのでお参りできません。  場所:大阪府大阪市浪速区敷津東2丁目2-8(大阪木津卸売市場の西側入口)  アクセス; 阪堺電軌阪堺線・地下鉄堺筋線「恵美須町駅」から約700m。 JR大阪環状線・関西本線「今宮駅

  • 大阪のパワースポット【サムハラ神社】

    【サムハラ神社】とは大阪府大阪市西区立売堀(いたちぼり)にある神社。祭神は天之御中主神、高皇産霊神、神皇産霊神であり、サムハラは三神の総称である。奥の院が美作加茂(岡山県津山市)にある。1935年(昭和10年)に田中富三郎が出身地の岡山県苫田郡西加茂村(現・津山市加茂町)にて旧い小さなほこらの荒廃を嘆き再興したのが本社の起源。しかし翌年岡山県特高課から無許可神社で商品広告しているとして自主撤去を求

  • 【直島八幡神社】(なおしまはちまんじんじゃ)

    夏に【直島八幡神社】(なおしまはちまんじんじゃ)にお参りするために、直島へ行ったときの内容です。サンポート高松からフェリーで行き、レンタサイクルを使いました。 【直島八幡神社】(なおしまはちまんじんじゃ)の御祭神は、御本殿中央に八幡大神様(第15代応神天皇〔おうじんてんのう〕誉田別尊〔ほんだわけのみこと〕)を、西に神功皇后様〔じんぐうこうごうさま〕(息長帯比賣命〔おきながたらしひめのみこと〕)、東

  • 古地図で歩く大阪 (社寺仏閣巡り)

    先日、古地図関係の本を使って、大阪市西区の3か所(①土佐稲荷神社②茨住吉神社③九島院)とその他の社寺仏閣を回りましたが、帰ってから調べてみると、土佐稲荷神社を忘れていたようです。原因は、先に②茨住吉神社を行ったあと③九島院へ行くのに、松島遊郭を通ったのが原因だったようです。古い建物なんかを見ながら歩いていると、現地のおばさんからひつこく誘われて、それを断ったりして別の道を歩いたので道に迷って分から

  • 【久礼八幡宮】(くれはちまんぐう)高知県高岡郡

            高知県高岡郡中土佐町にある【久礼八幡宮】(くれはちまんぐう)です。旧社格は県社。安和(現・須崎市)、久礼、上ノ加江(中土佐町)の総鎮守で、海の守護神として古来より漁業関係者に崇敬されています。主祭神 は、応神天皇・神功皇后・比売神・湍津姫神・田心姫神・市杵島姫神。【久礼八幡宮】(くれはちまんぐう)は、古くからこの地にある神社ですが、1707年(宝永4年)宝永地震の津波による被害によ

  • 【石清尾八幡宮】(いわせをはちまんぐう)香川県高松市

    【石清尾八幡宮】(いわせをはちまんぐう)は香川県高松市宮脇町一丁目にある神社。高松の氏神である。境内には香川県神社庁が所在している。 祭神は足仲彦命(仲哀天皇)、誉田別命(応神天皇)、息長帯姫命(神功皇后)。高松市中心市街地の南西部、石清尾山の東側の裾野に鎮座している。高松の氏神だけあり、初詣などには多くの参拝客が訪れるほか、市立祭や例大祭では参道から御旅所まで続く八幡通り約670mを歩行者天国に

  • 太平洋を眺める龍王岬に鎮座する【海津見神社】(わたつみ じんじゃ)

    太平洋を眺める龍王岬に鎮座する【海津見神社】(わたつみ じんじゃ)です。幕末に活躍した坂本龍馬がもっとも愛したのが、高知県のこの桂浜(かつらはま)です。龍王宮(りゅうおうぐう)とも呼ばれるこちらの海津見神社(わたつみ じんじゃ)は岬の上に鎮座しています。御祭神は大綿津見神(おおわたつみのかみ)です。境内にある由緒板によれば、創建年代については不詳ですが長宗我部氏の時代と伝えられているとのことです。

  • 【弥栄神社】(やさかじんじゃ)大阪市天王寺区

    【弥栄神社】(やさかじんじゃ)大阪市天王寺区 味原本町の北側、府立高津高校の南側に御鎮座する【弥栄神社】(やさかじんじゃ)です。この神社は、桃谷二丁目にある「弥栄神社」のお旅所です。境内の片隅に、大正壬戌(1922年)に建てられた味原町の碑があります。高さ1.2メートルほどの石碑です。この一帯には味原池(あぢはらのいけ)と呼ばれる池があったといわれています。 住所: 大阪市天王寺区餌差町10-23

  • 【八王子神社】(はちおうじじんじゃ)大阪市東成区

    【八王子神社】(はちおうじじんじゃ)大阪市東成区 八王子大神ほか四柱を奉斉する旧本庄村の氏神で、応神天皇3年の創建と伝え、孝徳天皇より高麗狗(こまいぬ)一対の献納があったと伝えられ、八王子稲荷社として、また“椿の宮”として知られました。明治5年(1872年)百済神社と改称、明治42年(1909年)旧西今里村の氏神八剣神社を合祀し八王子神社と改めました。八王子大神は人皇第七代孝霊天皇の第八皇子”雅武

  • 夕暮れの【榎大明神】/ 大阪市中央区

    【榎大明神】(えのきだいみょうじん) 映画化もされた小説「プリンセス・トヨトミ」。この舞台の一つが空堀商店街で、その近くにあるのが【榎木大明神】です。小説はこの小さな神社から始まります。 夕暮れのときに訪問しました。灯篭の明かりがついていました。 所在地 : 大阪市中央区安堂寺町2丁目3番 アクセス :市営地下鉄鶴見緑地線・松屋町駅下車、東に100m。熊野街道と長堀通りとの角を石段を上がったところ

  • 【榎大神】と【榎大明神】/ 大阪市中央区

    ①【榎大神】 この小さな社、【榎大神】を見つけるのは苦労します。谷町筋を北上し、空堀商店街を抜けてしばらく歩きます。路地の突き当たりに赤い鳥居と柵が見えてきます。由緒等は不明です。社の中を覗くと、小さなお稲荷さんのキツネがいます。夜はレトロなランプに明かりがつきます。 場所:大阪市中央区上本町西2丁目5-5 アクセス:大阪市営地下鉄谷町線、長堀鶴見緑地線、谷町6丁目駅より徒歩約5分。 (12月25

  • お地蔵さんと神仏習合の【愛宕社】( あたごしゃ)東大阪市

    この社を一瞬見た感じは地蔵堂のように思えます。ここへは「彌榮神社」の正面鳥居前から東へ行きます。途中に大き目の地蔵堂とレトロな散髪屋さんを通り過ぎた道の角に鎮座しています。環濠集落であった中小阪村の東側入口にあたった場所で、火除けのみでなく村への災厄を防ぐ神様として祀られていたようです。歳の神・道祖神と思われます。石仏が3体います。農耕守護神と地蔵信仰が結びついたかたちのようです。  実は、東大阪

  • 訪れることができない稲荷神社 (東大阪市)

    東大阪市の神社巡りはすべて完了と言いたいところですが、唯一、どうしても訪れることができない稲荷神社があります。キツネが祀ってあるらしいので勝ってに稲荷神社といってますが、おそらく、「〇〇稲荷神社」のように正式な名前があると思います。東大阪市上四条町と六万寺町との境界で、鳴川ハイキングコースから近いのではないかと推測して、何回もトライするのですが、行き着くことができません。昔はこの神社の付近は自殺の

  • お参り… ☆ 止まない雨はない!!

    今日は運動がてら近くにある神社(〇切神社)に行ってお参りしてきました。 病気の神様といわれてるようで、お百度参りをされてる方がいつもたくさんいてます。 私は父の病気の時、自分の病気でもお百度参りをしたことがあります。 主人の方がお百度参りはしてくれてるのですが 今日は2人ともお百度参りはしませんでしたが普通にお参りさせて頂きました。 帰り道にソフトバンクのサービスで、ミスドでドーナツをもらいスーパ

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