鹿児島県からようこそ〜
昨日、夫は今年最後の麻雀に出掛けました。 中学時代の同級生4人、メンバー全員病気ですが、1年間無事に出来て良かったです。 その中のお一人から、 薩摩揚げをいただきました。 沢山入っています。 そのまま食べても良いし フライパンで焼いても、美味しいようです。 昨日は もちろん、正装して、 そのまま、い... 続きをみる
昨日、夫は今年最後の麻雀に出掛けました。 中学時代の同級生4人、メンバー全員病気ですが、1年間無事に出来て良かったです。 その中のお一人から、 薩摩揚げをいただきました。 沢山入っています。 そのまま食べても良いし フライパンで焼いても、美味しいようです。 昨日は もちろん、正装して、 そのまま、い... 続きをみる
後に日本最初期の職業写真師のひとりとして名を挙げられることになる上野彦馬が 生まれたのが1838年のこと。 奇しくもその翌年(1939年)に、写真技術(銀板写真/ダゲレオタイプ)が 発明されています。 そして、早くも1840年代には欧米で一種の「肖像写真」ブームが見られたそうですから、 人間のやるこ... 続きをみる
男心や女心の比じゃない、 まったくもって移り気な、北国の冬の空 今空 今日の揚げ揚げ弁当 白身魚フライ ナスフライ ソーセージチーズ焼き 煮豆 茗荷 かまぼこ 茄子味噌田楽 https://youtube.com/shorts/WErMyWN3_LY いっとう荒れた数分の間に ゴミ出しに行ったみたい... 続きをみる
昔々の大和民族は太陽を特別な存在として崇め、なおかつそれに対する篤い信仰心を 備えていたように、筆者は考えています。 なぜなら「天照大神」、分かりやすい言葉なら「天空を照らす」太陽を最高の神と して位置付けているからです。 その太陽は、よほど特殊な事情がない限り東から上って西へ沈みます。 そして、人... 続きをみる
この日は、晩秋の上野公園のお散歩です。 不忍の池から入ります。イチョウが散り始めて、黄色い絨毯になっていました。 寛永寺弁天堂の門 弁天堂 大黒天堂 めがねの碑。不忍池弁天堂が造られたのは江戸初期の寛永年間でしたが、創設した天海僧正の諡号が「慈眼大師(じげんだいし)」で、その中に「眼を慈(いつく)し... 続きをみる
伊丹空港 ✈ 人生3度目の鹿児島へ 1度目は子供の頃 家族旅行で・・・ 2度目は結婚式に招待されて・・・ この日の鹿児島空港はお天気が悪そうです 天候不良のため福岡空港へ向かう場合あり!と表示されています アナウンスでは伊丹へ戻るかも・・・と😩 出発ロビーで、大好きな韓国のお寿司キンパを食べながら... 続きをみる
西郷隆盛 偉大な人ほど、傍らから見ると滑稽であるようだ。 ○ この人は、史実に拠る限り、およそ外見上の威厳というものを、まるで持たなかった人で、上野公園の有名な銅像などは、全くのうその皮である。 ○ 西郷という人格には、正面から挑もうとすると、此方が砕けてしまう。 歴史上の破格の業績と、様々に相矛盾... 続きをみる
西郷隆盛の息子、西郷菊次郎への インタビューからなる物語 小説ですから史実とは違うかもしれません。 前編は2回目の島流し沖永良部島まで。 薩摩での貧しい暮らし。 よく描かれていると思います。 島津斉彬に見出されてから人生が 変わります。 月照と心中した話の時、噂かもしれない 男色を事実として書いてい... 続きをみる
エリアLOVE WALKER 明治の近代戦にも勝利した名城・熊本城。『戦国LOVEWalker2
映画『新解釈・幕末伝』☆龍馬のイッチョ噛みをドタバタと(^^♪
映画『新解釈・幕末伝』☆龍馬のイッチョ噛みをドタバタと(^^♪
列伝編27/幕末与力、捨身の写真撮り
旅行2日目
【歴史の闇に葬られた真実】「西郷隆盛」その正体は策略家?
【歴史の闇に葬られた真実】「江戸城無血開城」の舞台裏。
【歴史の闇に葬られた真実】倒幕が目的ではなかった「薩長同盟」。
富士山とサムライ
<高知城>の”城門”を巡るー城内に”城門”は無いが藩校”致道館表門”や”山内家邸門”が見られます
温泉大国の大分県でまったり中(⁎˃ᴗ˂⁎)ラムネ温泉に癒される〜
【上野公園】江戸・幕末・明治を学ぼう!歴史観光スポットの散歩ガイド
田原坂から寂心さんの樟へ
松涛園 池上本門寺
2025年池上本門寺松濤園 一般公開おすすめ見どころ完全ガイド
【将軍継承問題】前編 みなさんこんにちは。いよいよ、本格的に幕末について書いていこうと思います。まずは将軍後継問題から始めてみます。 1858年(安政6年)13歳の若さで家茂が14代将軍に就任。後の15代将軍一橋慶喜を将軍後見職に迎えます。将軍後見職とは、公家で言えば摂政であり、実質上の代理人だと考... 続きをみる
【はじめに】 みなさんはじめまして。個人的に幕末・明治維新を研究して約40年が経ちました。このブログでは、大まかな日本史の流れから入り、幕末・明治維新、そして現在の日本に至るまでを、時系列に沿いながら、一部創作も交え書いていこうと考えています。学校の授業ではさらりと流される近現代史。実はここが一番大... 続きをみる
巨大なるこころ持ちたる西郷の動き愚にして直く剛なり 天才の居なくなりたるクラシック演奏もまた天才要す 鳴り響く稲妻繁く町を刺す
北朝鮮の考え方: ・相手の立場になって考えなさい ・相手の言葉に、自分の考えを乗せる ミスタートランプが、話したら、その上に、北朝鮮の考えを乗せる、という、会話の仕方だから、ミスタートランプの言葉+北朝鮮の言葉が、答えという、方程式で、考えると、今の混乱状態が、手に取るようにわかる、手法 ・なにが、... 続きをみる
名高い本ですが、西郷は、書を世に問おうとする意思を、まるで持っていなかった人だということを忘れてはならないでしょう。この書は、ある藩での西郷の講義筆録をまとめた小さな本ですが、読み方は少々難しい本であると、撰者には思われます。蒸気機関や電信などの、当時最新の技術を何のために取り入れるのかというような... 続きをみる
金もいらぬ命もいらぬ名もいらぬそのまま生きた西郷隆盛 人として桁外れなる西郷の器をおもひ秋は深まり 自販機にようやく赤の「温」灯り
理念とは、それを法令のように、人に押しつける筋合いのものではなく、常に自分の身の内にあって輻射熱のように、自分を限りなくたぎらせるものであることを、西郷ほど自ら実証した人はいないであろう。 理念は、理念という言葉を取る以前の分析のかなわぬ理想的な思想として、西郷に経験されていたであろう。「敬天愛人」... 続きをみる
理念というものは、取り除けを許さない。言葉通りというのが、その本来の姿である。この理念を、日本史上、最初に行動に移した人間をかんがえてみると、信長に思い至ると思う。 信長という人間は、言葉数は少ないが、彼の下した命令は、絶対で、言葉通りであって、少しの取り除けも許さない。戦国の世にであったとしても、... 続きをみる
武士道は、歴史的に見て、非常に発展性のある思想である。これは格別なことといって良く、世界的に見ても稀な思想と言って良いようである。 思想というものは、深くそれを考察するとき、原点に戻るのが本来である。キリスト教でもイスラーム教でも仏教でも儒教でもその原理は変わらない。言わば、最初にすべてが所与されて... 続きをみる
原文は、とても立派な英文で書かれているそうです。西郷隆盛をはじめとして中江藤樹、二宮尊徳、上杉鷹山、日蓮らの短いけれど、じつに精彩に富んだ評伝集です。誰も内村が書いたように、これらの日本の傑物たちを書けた人はいませんでした。これは内村鑑三自身が代表的日本人だったからに他ならないという理由によるようで... 続きをみる
一時期、「ラスト・サムライ」という映画が流行ったことがあった。わたしは流行りものは敬遠する性質で、未だに、その映画は見ていない。 わたしが思ったのは、内村鑑三が「代表的日本人」の中で、西郷を評して「最後にして最大の武士」と言っていたのを、記憶していて、そのことを、あれこれとつらつら思い巡らしたのであ... 続きをみる
大河ドラマ【豊臣兄弟!】第5回「噓から出た実(まこと)」感想とみどころ徹底レビュー
【豊臣兄弟!】#4 おなじみの桶狭間の戦い、信長の成功が因るのは天運か人智を尽くした策略か。小一郎&藤吉郎の仇討ちはあっけなく消滅、でも幸運をもたらす
西尾の今川氏発祥の地
大聖寺の今川義元の胴塚
桶狭間の戦い(9)長福寺桶狭間合戦供養塔
大河ドラマ【豊臣兄弟!】第4回「桶狭間!」感想とみどころ徹底レビュー
桶狭間の戦い(8)長福寺 今川義元の首検証跡
【豊臣兄弟!】#3 有名な「草履温めてました」エピソードがまさかの変化!桶狭間前夜、小一郎の優秀さをまたも信長が脳に刻む
桶狭間の戦い(7)瀬名陣所跡
桶狭間の戦い(6)おけはざま山
桶狭間の戦い(5)七ツ塚
大河ドラマ【豊臣兄弟!】第3回「決戦前夜」感想とみどころ徹底レビュー
豊臣秀吉に豊臣家滅亡の原因を聞いてみた。
桶狭間の戦い(2)桶狭間古戦場跡・今川義元の墓
NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』にはまる
武道と清和源氏:八幡太郎義家と多田神社の歴史
No.005【万世一系を実現した、藤原氏の内紛】百弐拾参
No.005【万世一系を実現した、藤原氏の内紛】六拾八
【清和源氏】編『新田一族』章「徳川氏」節 113.徳川家康・百壱
【清和源氏】編『新田一族』章「徳川氏」節 112.徳川家康・百
【清和源氏】編『新田一族』章「徳川氏」節 111.徳川家康・九十九
【清和源氏】編『新田一族』章「徳川氏」節 110.徳川家康・九十八
【清和源氏】編『新田一族』章「徳川氏」節 109.徳川家康・九十七
【清和源氏】編『新田一族』章「徳川氏」節 108.徳川家康・九十六
【清和源氏】編『新田一族』章「徳川氏」節 107.徳川家康・九十五
【清和源氏】編『新田一族』章「徳川氏」節 106.徳川家康・九十四
【清和源氏】編『新田一族』章「徳川氏」節 105.徳川家康・九十参
【清和源氏】編『新田一族』章「徳川氏」節 104.徳川家康・九十弐
【清和源氏】編『新田一族』章「徳川氏」節 103.徳川家康・九十壱
【清和源氏】編『新田一族』章「徳川氏」節 102.徳川家康・九十