• 聖徳太子の宮は何処にあったのでしょうか?

      聖徳太子は何処にいたのでしょうか? その宮殿は俀国の何処にあったのでしょう。 まず、その俀国は何処にあったのでしょう。隋書には、 百済・新羅の東南、水陸三千里に在り。 魏の時、中国に訳通す。三十国あり、皆、自ら王と称す。 三千里で俀国ですか。では九州も俀国ですね。魏の時=卑弥呼の時代 は、言葉が通じた国が30国で、何処にも王が居たのですね。と云うことは、倭人伝に書かれた九州の30国に王が居て、

  • 「法華経」坂本幸男・岩本裕訳注 岩波文庫

    仏教経典万巻中第一の書、諸経の王と称される「法華経」です。インドは時間観念を重要視しないお国柄です。そのため、仏教経典もその経典がいつ成立したのか分からないことが多く、また、どれがもっとも重要な教典かの判別もしません。そのために、仏教が中国に渡った際、天台智顗<ちぎ>が教典判釈<きょうてんはんじゃく>を行い、この法華経を仏教経典の最後に成立したものとし、その最高位に据えました。法華経には、「意向」

  • 大阪: 四天王寺 - 一遍上人が「賦算(人々に念仏札を配る)」を開始したお寺

    一遍上人が南無阿弥陀仏の六字名号を刷った念仏札を人々に配る賦算を開始した四天王寺(大阪市天王寺区) ※賦算(お札くばり/人々に念仏札を配ること) 智真(一遍上人)は超一、超二、念仏房の三人を伴って四天王寺に参詣した。当時の四天王寺は、念仏行者の集う庶民の霊場であった。ここで、智真は発願し、「南無阿弥陀仏」六字の札を貴賤一切の人々に配布して念仏をすすめる所謂「念仏賦算」を始めたといわれる。 四天王寺

  • 昔のお金(古銭・古紙幣)を断捨離 昭和50年8月6日 母方の父より

    武内大臣(武内宿禰)の1円札 武内大臣(武内宿禰)の1円札の裏面 和気清麻呂の10円札(証紙付き) 和気清麻呂の10円札の裏面 聖徳太子の100円札 聖徳太子の100円札の裏面 二宮尊徳(二宮金次郎)の 1円札 二宮尊徳(二宮金次郎)の 1円札の裏面 10円札 10円札の裏面 50銭札(昭和18年) 50銭札の裏面 (上から) 板垣退助の100円札 岩倉具視の500円札 伊藤博文の1000円札 聖