ベートーヴェンのムラゴンブログ

  • 「音楽家訪問」アラン 岩波文庫

    アランは二十才まで正式な音楽を聞いたことがなかったと言っています。この書は、そのアランが音楽についての造詣を深め、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタを素材として、縦横に語った書物です。調についてのそれぞれの興味深い性格付けが為されていますが、アランは、調の性格付けがもっともむずかしい仕事だったと述懐しています。オーケストラの楽団員の中で、一体、何人が本当に音楽的素質を持っているだろうかというよう

  • エッセイ ある女流作家の言葉

    名前は忘れたが、わたしの心の中で、良く思い出されるある女流作家の言葉がある。 「自分は、モーツァルトやベートーヴェンになれるような才能はない。だから、作家なんていう商売は辞めて、人生を楽しもうと決めたのだ。」と 人が自分で決めた人生のことだから、とやかくいう義理はないのだが、この言葉を聞いて何か釈然としないものを感じた。作家として成功した人間の何か嫌な感じのする自負心をこの言葉に嗅ぎ分けたからであ

  • エッセイ ベートーヴェン 熱情<アパッショナータ>

    ベートーヴェンにしては、思わせぶりな曲だと長年思ってきた。 グールドもベートーヴェンのアパッショナータが何故あんなに人気があって名曲と言われるのか、訳が分からないとどこかで言っていたが、グールドの言うことは、半分眉に唾をつけて聞かないといけないから、素直に賛同はしていなかった。 それで、つい最近、ホロヴィッツのアパッショナータを聞いて、この曲を改めて見直した。70年代のと59年の録音があるが、59

  • エッセイ きれぎれ草 2

    自我形成 自我を形成するとは、周囲から自分が切り取られることである。自我は切り取られた傷口に沿って自分を形成していくものである 寒天からナイフで小さな立方体を切り取る。 要点は、その立方体の小片にではなく、切り取られたという、そのことにある。 そうして、再び周囲と新しい関係を築くこと。自我形成とは、その営々たる繰り返し作業に他ならない。      〇 虚子俳話録 「私は人には、鬼のようにも仏のよう

  • Schubert , Beethoven Piano Sonata

    F. Schubert Piano Sonatas D 279, 625, 960, András Schiff  アンドラーシュ・シフによるシューベルトのピアノ・ソナタ。  シフのシューベルトは気に入っていて何枚か持っている。ふだんはこの人のベートーヴェンを聴いている。 Brendel plays Beethoven Piano Sonata No.20, Op.49 No.2  ブレンデルによ

  • 「クロイツェル・ソナタ」トルストイ 新潮文庫

    題名は、ベートーヴェンの有名なヴァイオリンソナタからとられています。トルストイはこの作品でクロイツェル・ソナタを徹底的に批判し、やがて、芸術一般を否定する強烈な思想を確立するに至ります。しかし、この小説で見せるトルストイの芸術家としての稟質は目覚ましく、夫が不倫をした妻をナイフで刺す場面などは、圧倒的な迫真力と異常な正確さで読者に迫ります。晩年、人類の性欲さえ否定したトルストイの異様で純潔な思想の

  • エッセイ ベートーヴェン「ディアベリ変奏曲」

    この曲は、昔から気になっていたピアノ曲で、op.111のピアノソナタに心の底から感激し、もうこれ以上のピアノ曲はあるまいと思っていたときに、op.120のこの大曲があると知って驚き、聞きたくてどうしようもなかった。学生時代のことである。 最初にグルダを聞いたが、どうも納得できない。次にブレンデルの演奏会での録音を聞いて、これはいいと合点した。ブレンデルには他にスタジオ録音版もあるが、演奏会の方が出

  • エッセイ ベートーヴェン<俗なるものと聖なるものの一体化>

    前に、ビリー・ジョエルのポップスの迷惑だったことを書いたが、このことは、ベートーヴェンについてよく考えるときの糸口になるのではないかと心付いたので、ここに書いてみたい。 わたしはそのとき、「悲愴」の2楽章についてまったく無知であったから、ビリーの声が焼き付いてしまった訳だが、ベートーヴェンの曲は、確かに通俗と言ってよい面も多量に持ち合わせているので、同じ条件で、例えば「月光」の1楽章を、誰かがポッ

  • エッセイ ベートーヴェン<大フーガOp.133>

    十五分程度の曲なのだが、学生時代、はじめてこの曲を聴いたとき、そのあまりの苦さに怖じ気づき、再びこの曲を聴く気になるだろうかとさえ疑った曲である。このベートーヴェンの後期の王冠と言われる弦楽四重奏の苦さは並大抵のものではない。シェーンベルグさえ、まだまだ聴きやすいと思えるほどである。 学生時代からは、ずいぶん経っているが、どうした訳か、どうしてもこの曲を聴きたくてたまらなくなるときがある。わたしは

  • エッセイ クラシック音楽雑感 「ベートーヴェンとビリー・ジョエル」

    ご存じの人も多いと思うが、ビリーがピアノソナタ「悲愴」の2楽章に歌詞をつけてアカペラで歌っているポップスがある。私はうかつなことに、ベートーヴェンの曲だと知らずに、友達に勧められて、ポップスも棄てたものじゃないなと何度も飽きるほど聴いた。学生時代のことである。 困ったのは、それからである。「悲愴」を聴くたびに、あのビリーの甘ったるい声が出てきて、鑑賞を妨げる。どんな名人のどんな名演奏を聴いても、ビ

  • beethoven septet in Es-groot ベートーヴェン七重奏曲

    Janine Jansen & friends - Beethoven: Septet in Es-groot, op. 20  ジャニ―ヌ・ヤンセンとフレンズによるベートーヴェンの七重奏曲。  この曲からシューベルトの八重奏曲やシュポーア九重奏曲などを連想する方も多いのではないかと思います。

  • Beethoven No.3 ベートーヴェン交響曲第3番「英雄」

    交響曲第3番《英雄》(ベートーヴェン)  作曲時は「ボナパルト交響曲」と名付ける予定でしたが、ナポレオンが皇帝に就任する際「英雄交響曲」と変えた曲です。  最近の指揮やオーケストラは軽い演奏ですが、このころまでは力強い重厚さを残した演奏といえます。

  • クラシック音楽 断章 <改版>

    バッハの音楽は神に捧げられている ベートーヴェンの音楽は人類に捧げられている モーツァルトの音楽はわれわれみんなのものである ハイドンの音楽は美のために スカルラッティの音楽は遊戯のために メンデルスゾーンの音楽は趣味のために シューベルトの音楽は心情のために ショパンの音楽は集う人のために シューマンの音楽は気がふさぐ人のために ブラームスの音楽は人生のために ヨハン・シュトラウスの音楽はダンス

  • エッセイ 秘伝について <聖と俗>

    芸術上、あるいは宗教上に伝えられるものとして、秘伝というものがある。禅の教外別伝などは次元の違う考えで、混同してはならないが、この秘伝というものの正体はそのほとんどが俗なものと言っていい。 能にも秘伝がある。このことは世阿弥が風姿花伝の中で、はっきりと書いているが、芸の妙味というものは、能に通じていない普通の人ではなかなか味わえないもので、そういう輩が増えてしまったら、能そのものが衰えてしまうだろ

  • エッセイ 音楽における性 <両性具有>

    モーツァルトの音楽は、極めて高い次元での両性具有が達成されている。しかも、官能性さえ損なわれていない。両性具有は、ハイドンの音楽でも共通の性格なのだが、人々を引きつけ、思わず一緒に歌いたくなるような繊細さや官能の点においてもう一つ欠ける。 仏像の形姿も男でも女でもない。やはり、両性具有である。ここで、断っておきたいが、両性具有は中性や無性のような中途半端な性の在り方ではなく、両者がなんの妥協も矛盾

  • ベートーヴェン「後期の音楽」<自由な宗教性>

    ベートーヴェンの後期の音楽は、わたしはとても、宗教的で西洋音楽としてはエキゾティックな感じを受ける。カルテットやピアノソナタなど特にそうである。 宗教的だと感じるのは、わたしだけではないと思うが、ベートーヴェンの場合は、ある特定の宗教を感じさせない、いわば、自由な宗教感情にあふれている。ここが、バッハなどとは、明らかに違うところのように思える。Op101から特にその感じが強くなっているように思う。

  • ベートーヴェン ピアノソナタ

     ベートーヴェンのピアノソナタはいろいろ聴きかじりました。でも順番はアトランダムです。  最初アンドラーシュ・シフを聴いていい意味で無難だなと思いました。これだったらBGMとして部屋で流しておけるかもと思いました。  次にバックハウスやケンプを聴きましたが、シフに比べて技術がヘタだなと正直思いました。  昔、「音楽の友」だったかそういう雑誌にバックハウスのベートーヴェンのピアノソナタに批判的な記事

  • ベートーヴェン 弦楽四重奏曲

     昭和の終わりごろでしょうか、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲のレコードを図書館で借りました。  いろいろな四重奏団で聴きましたが、気に入ったのはハンガリア四重奏団(ステレオ:1966年録音)でした。  印象としては線が細く消え入りそうな演奏ですが、それが良かったです。  下地にテレビ版の「月光仮面・サタンの爪」(尊き犠牲者の回)で見られるマキ(深川きよ美)とハンチングの由(宮田洋容)とレンジーノ(オ

  • 平成26年 “だるま・ファーブル・ベートーヴェン”

    murauchi.com (ムラウチドットコム) 2014年 大特価新春セール だるまさん - 9年間、ただひたすら壁に向かって坐禅(面壁九年) ファーブル - 30年間、ただひたすら昆虫観察(昆虫記) ベートーヴェン - 社交を絶ち、ただひたすら作曲(ピアノソナタ) 大切なお客様、ユーザー様、お取引先様、株主様、ご近所の皆様、 社員さんと社員さんのご家族の皆さま。そしてブログ読者の皆さま。 昨年