• ネガティブな自分

    お正月から色々なことがあってずっと落ちちゃっていますが。 いやいや、こんなことじゃダメだとは思うのだけど、どうにもこうにも。 家族のことは踏ん切りがついたかな。 こちらがどう思っても、あちらが血縁を主張するのであれば、それはもうどうしようもないよね。 私の問題じゃない。 あちらの問題。 今の一番の悩み?は心の中と周りのズレ。 周りの人は「もう半年もたつのだから、もうそろそろ前を向かないと」 でも私

  • 肺に転移

    ハハは 何回 抗がん剤治療を受けたのか 数えてないしわからない 「癌が肺に転移している」 そう告げられたのは 最初に 子宮体癌とわかってから 4年くらいたったころか もう今となっては 記憶があいまいすぎる 肺に転移がわかってからは もうモグラ叩き状態だった 髪の毛がきちんと生えそろってる時が ほとんどなかった

  • ワタシの病気

    ワタシは 20歳の頃から 心療内科に通っている。 パニック障害だ。 最初は、 「現実感がない」 「足が浮いてるみたい」 的な症状。 それから、 「息苦しさ」や「動悸」といろいろと症状が出てきた。 一時はクスリを飲まないほど回復したが、 ハハの死をきっかけに また再発。。 きっときっと天国から心配してるんだろうなあ。 「大丈夫。大丈夫。ハハハ〜」って。

  • 抗がん剤治療

    ハハの癌は リンパ節にまで転移していた。 術後、1度退院し 抗がん剤治療をすることとなる。 ワタシといえば 23歳。 まだまだ若かった。 ハハが、「癌」という 現実から逃げたかったのか、ただただ若かっただけのことなのか。 遊んでばかりいた。 夜中まで遊び そーっと家に帰る。 暗い家の中、そーっとそーっと部屋に行く。 途中、 抗がん剤で髪が抜け落ちた ハゲ頭のハハに驚く。 今思い返しても、クスッとし

  • ワタシは

    ワタシは というと、正直言って ハハのそういうところが大嫌いだった。 いつも何かというと 知らされるのは後から。 「あの時は大変だったんだー」とか。 「心配かけたくなかったからとか そんなこと言って 悲劇のヒロインかよ」 ひねくれもののワタシは 「実は頑張ってました感」を出す ハハが嫌で嫌でしょうがなかった。

  • 「母」は「ハハ」

    ワタシの中の「母」は「ハハ」。 母は、明るい性格で前向きな人だった。 「ハハハ〜。なんとかなるよ。大丈夫。大丈夫。」 そんなハハとは正反対のワタシ。 心配性。究極のマイナス思考。 心療内科にもずっと通ってる。 ハハは最期の最期のまでワタシが心配だったであろう。

  • いまだに。

    2年前の夏にハハは帰らぬ人となった。 今までこの2年間なんにも進歩していないワタシ。 少しずつ、ハハが亡くなった悲しみは癒えていくのだろうかと思っても日に日に増すばかりのよう。 いろいろな方の、闘病記や死別ブログを読む。 毎晩。毎晩。 「いや、自分でも書いたらすこしは整理 できるのでは」と思った。

  • 赤の他人

    義理の兄弟・姉妹って所詮赤の他人なんですね。 主人が亡くなるまで、亡くなった時も、またその後も、年も近いし気もあうし、これからも上手く付き合っていけるんじゃないかと思っていた。 でも、ここに来て崩れ始めた。 遺産とか、お金の問題ではない。 価値観が違うのね。 それはゆっちゃんが(主人)が生きているときから薄々感じていて。 でもゆっちゃんがクッションになってくれていた。 でも、いなくなるとダイレクト

  • 家族

    義理ママは色々な面でとても尊敬していて、主人が亡くなってもずっと大切にしようと思っていた。 ある意味。自分の母親より大切な存在だった。 でも彼がいなくなって私に対する態度が変わった。 変わった、というか距離を感じた。 やっぱり息子あっての私なんだろうね。

  • 元旦

    年賀状も来ないし、そもそも実家にも帰らないので静かな元旦です。 去年のお正月は二人一緒だったのに、どうして今年は一人なんだろ? まだまだ理解出来ない自分がいます。 お節も作らず、大掃除もしない正月って楽チン。 ただテレビもつまらないし、家で何もすることもない。 いや、こうやって二人でゴロゴロしていることが幸せなんだよね。

  • なかなか、ね

    8月に夫が亡くなって初めての大晦日です。 クリスマスは思ったより楽に乗り切れた。 私達、特にプレゼント交換とかもしなかった しイルミネーションを見に行った訳でもなか ったから。 遠目にイルミネーションを見て あっ、今年はケーキはいらないんだ、って。 でも大晦日、つらい。 年越しって言葉を聞くたびに、どうしてあな ただけ年を越せないの? 悲しいよね つらいよね 自分でも予想していなかったでしょ? ス

  • 目の前の霧が晴れてきた気分

    今日の天気は晴れ☀️ 今日は後回しにしていた用事に電話を かけたり、用事で出掛けてきました。 ちょっと息抜きにデパートに寄ってみたりもしました。 ひとつずつ・少しずつ やらなきゃいけない手続きやらが前に進んできて、やっと 目の前の霧が晴れてきた気分になってきました。 私は、大切な人をふたり亡くしています。 今年の7月に自死した彼(元旦那さん)と 彼と離婚した後に再婚した主人。 主人を亡くしてからは

  • 初恋 その1 人生は無常…か

    冒頭から 別れの話なんて、ネガティブだけれど、 最後はどんな形でさえ 愛する人との別れがくる。 プロ野球のヤクルト、阪神、楽天などで監督を務めた野村克也 通称ノムさんが涙していた。 「これから先、どうして生きていけばいいのだろうというのが今の正直な気持ち」 と語っていた。 妻の野村沙知代さんをこよなく 愛していたのがよくわかる。 離れているのは辛い、 亡くなると、もう逢いたくても逢えない。 その悲

  • 死者と話がしたい… 言いたいこといっぱい

    東日本大震災、 恋人を失くしたカップルもたくさんいたことだと思います。 心の傷は深く、恋愛をできなくなったという女性もいました。 津波に流され、交際していた男性に 緊迫した状況の中、最後のメール 「死なない!!愛してる!!」 と また逢いたい、でも永遠に逢えない、 またおしゃべりしたい、 いっぱいおしゃべりたい。 その辛さは、本人にしかわからない。 そんな話を聞くと、 こちらまでいろいろと思い出し

  • はじめまして

    今夏に旦那さんと突然のお別れをしました。 何でこんなことが我が家に?? まだ夢のよう。 嘘みたい。 頭では理解していても、心がついていかない。 大丈夫かなと思えたり、やっぱりダメの繰り返し。 毎日、一瞬一瞬を違った感情が襲ってきます。 前を向きたい。 ずっとこの哀しい気持ちのままこれからを生きたくない。 旦那さんとの思い出や、旦那さんへの気持ちを綴りたい。 そう思ってブログを初めました。 よろしく

  • 連休明けだったねぇ(*´`)

    今日は洗濯物干してから 近くの公園に はなとお散歩行ってきたよ。 久々に行ったのに かなり長めのコース。 公園から 小学校の校庭の所を過ぎ 体育館へ。 吠えてばかりのはなだったから 久しぶりに30分かけて2kmのんびり歩いてきた~。 長男の鑑定の結果はまだ。 何していても どうも落ち着かないんだ… 空の青さと、はなの時々 見上げる顔に 癒されてきた もとくん 本当にあなたの部屋に 倒れていたらしい

  • 2年

    ご無沙汰してます🙏🏻 7月30日の命日を終えて その1週間前に三回忌も無事に終えました。 なんだろ、疲れが一気に出たのか、どっと気が抜けたのか 昨日は朝から吐き気と胃痛が酷くて、病院行って薬もらって帰ってきて、なんか身体痛いと思ったら熱があって…風邪ひいたかなーと思ってたら 今日の朝起きたら、昨日が嘘のように元気になりました😂笑 なんだったのか… ほんと、命日くるまでパパが亡くなるまでのカウ

  • 叶わなかった旅行

    去年の6/3から二泊三日で彼女と温泉旅館に行く予定だった。 その年の3月くらいから、彼女とどこに行こうか?などと話していた。 旅行に行こうと決めた理由は、彼女とデートで夕食を食べている際に彼女から、治療の効果があまりないこと、医者から「このままだと余命2年」と言われたこともあり、彼女を元気づけるために提案した旅行だった。 彼女に行きたいところを聴くと温泉だったので、湯治も兼ねて、それなりに有名な旅

  • どうしようもなくて休んでしまったこと

    ちょうど去年の今日は、会社をズル休みしてしまった。 彼女が亡くなった翌日、朝、目が覚めいつものように仕度をして会社に向かう。 向かう途中で、「今日から彼女のいない世界なんだ…」と思ってしまい、泣きそうになるのを堪えていた。 その日は、何事もなかったように振る舞いながら、仕事をし、足早に定時で帰った。 その翌日、今日の5/10、彼女が斎場の霊安室に移されたと聞いていたので、会社に体調不良と嘘をつき午

  • 命日

    昨日(5/8)は、彼女の命日だった・・・ 前日の夜からすでに落ち込んでいたが、やはり当日も辛いというか、どういう感情を出してよいのか解らない状態となっていた。。 彼女が亡くなったのが、20:19。。 その日は、仕事が終わって、入院していたので、お見舞いに行く予定だった。 18:00に仕事が終わり、電車に乗って病院がある池袋まで向かう途中、彼女のお姉さんから 「血圧が下がり、危険な状態」と連絡をいた

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