• いろはかるた噺考 8  「ち」

    【地獄の沙汰も金次第】  落ち行く先が極楽であろうと地獄であろうと信じていない現代。そのような仏教の説は消滅した。 今は「生き地獄の沙汰も金次第」になってきた。 地獄の大王様が閻魔様ならば、生き地獄の大王様は誰でしょう。  「金次第」でどうにでも決定できる人がさしずめ生き地獄の大王様でしょう。 「試験の沙汰も金次第」「裁判の沙汰も金次第」「政治の沙汰も金次第」などと勝手に思いを巡らしていくと生き地

  • いろはかるた噺考 7  「と」

    【豆腐にかすがひ】(上方)  安倍政権は「県民投票は法的拘束力がないので投票の結果は関係ない。」  投票結果に関係なく辺野古移設工事は進めていく考えを示した。  沖縄県の県民投票だから結果に関係ない。と、言ったのか。日本全国どこの県でも県民投票は無視するというのであろうか。  沖縄県だから無視するとなれば、完全な差別であり、日本全国の県でも無視するといえば、国民投票も無視するという意思表示である。

  • いろはかるた噺考 6  「へ」

    【下手の長談義】(上方) 「はなはだ簡単ではありますが、これを持ちまして私の挨拶といたします。」こんな挨拶に何度であったことであろうか。 少しも簡単であったためしはない。  いつの時代でも何かをもって国民をコントロールしようと政権担当者は一工夫する。  江戸時代は「仏教と儒教」によって民衆の思想統制をやっていった。おまけにキリシタンという敵視するべき目標を設定して思想統制の効率を上げた。  そのた

  • いろはかるた噺考 5  「ほ」

    【仏の顔も三度】(上方)  人間のような仏様ですな。仏の顔は無限度。仏は何度、同じことを繰り返しても受け入れてくれる。仏の慈悲は無限度です。二度までは大目に見よう。三度目は許さないぞ。  仏をだしに使った人間の浅知恵で、自分を仏になぞらえて人間のがめつさを隠す戦法で「脅し文句」に「三度目はダメだぞ」と使い始めたのであろう。  江戸時代になると経済活動が活発になり利潤追求型の社会へと変貌してきた。

  • つぶやき 154  夏祭り 団長(ダンチョウ)ネ

     つい先日地元のデパートの帰りに、駐車場からデパートの入り口の方へ歩いてきた60年前の青年団長に出会った。  もう86歳になったはずだが10歳は若く見える。矍鑠(かくしゃく)とした先輩の姿に触れて82歳の私は10歳ほど若返ったようである。  戦後、日本各地に青年団が結成されて、地域の婦人会や老人会、そして子供会などと協力して地域の諸行事を引っ張ってきた。その中心的存在が「青年団長」であった。  我

  • いろはかるた噺考 4  「に」

    【二階から目薬】(上方)  江戸時代の目薬のことを知らないとこの諺は理解できない。  江戸時代の目薬は軟膏か粉であった。現代の液体の目薬なら二階からでも万が一の点眼の可能性はあるが、軟膏や粉薬では二階からは無理な話である。  江戸時代の目薬と江戸庶民の無筆(字が読めない)者が多かった時代を背景にした「目薬」という落語は当時の社会を知っていなければ理解できない。  目を患った男が薬屋で目薬を買ってき

  • いろはかるた噺考 3  「は」

    【 針の穴から天をのぞく 】(上方)  目的を達成するための手段の違いを話題にしている。人で言うならば器量の違いを言っている。現在は、視野が狭いことに使われている。  この諺は古い時代の中国からの輸入である。  出典は春秋時代の荘子(そうし)の書物荘子(そうじ)で「管を用いて天を窺がう。(かんをもちいててんをうかがう)」による。  「子は乃ち規規然として、之を求むるに察を以てし、之を索むるに弁を以

  • いろはカルタ 「ひ」 江戸と上方

     貧乏ひまなし(江戸) 『貧乏なため生活に追われっぱなしで、少しの時間のゆとりもない。』  暇を持て余す大金持ちと暇を持て余す貧乏人と大きく二つに分かれてしまった。  暇がないほど働く仕事があればまあ幸せの方になる。暇がないほど働いても貧乏な暮らしを強いられるか、働く仕事がまったくなく暇で貧乏な暮らしをしているかのどちらかである。  富裕層は有り余る金をどう有効に使うかで悩む。貧乏人は明日の飯をど

  • つぶやき 100  紙 の 墓 標

     日本古典文学全集、松尾芭蕉集に取り上げられている494句を年代順によんでみた。少しばかり急いでよんだので改めてじっくりと鑑賞を始めようと考えている。  41歳の8月中旬に野ざらし紀行の旅に出てから、芭蕉の俳句が大きく変化し、紀行文、日記文と並行して「蕉風俳諧」が完成していく。その集大成が奥の細道の旅であった。  私の好きな俳句も40代からの俳句で、中でも49歳、50歳、51歳の最晩年の俳句に集中

  • いろはかるた噺考 2  「ろ」 

    【 論語読み論語知らず (上方) 】  「論語読みの論語知らず」を話題にして、江戸の庶民は権威に対して抵抗を試みた。  江戸時代は、個人の道徳書として論語が基本であった。その論語を指導する先生が教えることと実生活との落差が大きかった。  江戸時代の戯作者、式亭三馬の滑稽本。浮世床の中で「論語読みの論語しらずよりか、論語よまずの論語知らずの方が余程、徳よ」と言っている。  現在もなまじ大学で中途半端

  • いろはかるた噺考 1  「い」

     正確には、「いろは・たとえ・かるた」と言うそうです。  日本伝統の貝覆い(蛤の貝殻対合わせ)や歌かるた(小倉百人一首など)の遊びに、ヨーロッパ伝来のカードゲーム、カルテがカルタと呼ばれ、新しい形の遊びとして定着していった。  江戸の文化を知る資料としても面白い。文学作品のテーマやモチーフを知る材料にもなって、江戸文化の水先案内人の役割をしてくれる。 【 一寸先やみの夜 (上方) 】  1645年

  • いろはカルタ 「京」 江戸と上方

     京の夢大阪の夢(江戸) 『夢の話をする前に唱える言葉。夢の中では、時間、空間をこえてさまざまなことが実現されるのでこういう。』   私は何か事があると   語りて益なき言は黙してこの経を念ずべし。   想うて益なき事は忘るるにこの経を稱(とな)うべし。   怒りて益なき時は笑うてこの経を誦(よ)むべし。  以上の言葉を呪文のように唱えることにしている。  不思議と心が落ち着き、人間関係がよい方へ

  • いろはカルタ 「す」 江戸と上方

     粋は身を食ふ(江戸) 『花柳社会、芸人社会の事情に通じて、「いき」なのを誇っている人は、いつのまにかその道におぼれて財産をなくし、身を滅ぼすことになる。』  昭和三十年代の初め、落語の人気が学生の間に広がった。その一人に「綴り方狂室」で一世を風靡した柳亭痴楽がいた。  落語界のトップにまで上り詰め思うにませた生活を送っていたが、晩年はその消息さえも分からないような終わり方をした。  昭和三十六年

  • いろはカルタ 「せ」 江戸と上方

     背に腹はかへられぬ(江戸) 『目前の重大事変のためには、他のことを犠牲にするのもやむをえないたとえ。』  いま日本は、重大な問題を多く抱えている。中国問題に始まり、韓国、アメリカ、北朝鮮と数え上げるにいとまがない。  国内では「消費税」「憲法」など生活に直結する問題が山積している。  外交にせよ内政にせよ今、日本は何かを犠牲にしてもやむを得ないという背に腹はかえられない状況にまで追い込まれている

  • いろはカルタ 「も」 江戸と上方

     門前の小僧習わぬ経を読む(江戸) 『ふだん見たり聞いたりしていると、習わなくても知らず知らずのうちにそれを学び知ることができる。』  母が口癖のように言っていたことがある。  「親のしないことは、子はしない」  本当だ。先日二歳の誕生日を少し過ぎた姪の娘が、玄関に下りて「ばあちゃんはやくはやく」と言いながら、ばあちゃんの履物を相手のはきやすい方向に揃えて手招きをしていた。  大人のすることを子ど

  • いろはカルタ 「ひ」 江戸と上方

     貧乏ひまなし(江戸) 『貧乏なため生活に追われっぱなしで、少しの時間のゆとりもない。』  暇を持て余す大金持ちと暇を持て余す貧乏人と大きく二つに分かれてしまった。  暇がないほど働く仕事があればまあ幸せの方になる。暇がないほど働いても貧乏な暮らしを強いられるか、働く仕事がまったくなく暇で貧乏な暮らしをしているかのどちらかである。  富裕層は有り余る金をどう有効に使うかで悩む。貧乏人は明日の飯をど

  • いろはカルタ 「ゑ」 江戸と上方

     縁は異なもの味なもの(江戸) 『男女の縁は不思議で常識では判断できないことをいう。』  うちのばっちゃんは、男と女をくっつけるプロであった。  八十八歳で亡くなるまで数えきれないほどの仲人をした。  私が小学生のころ、学校から帰ると我が家のお座敷に知らない女の人と男の人がばっちゃんを挟んで真面目な顔をして茶を飲んでいることが多かった。  小学生の私から見ても「これは成功しないだろう」と思っていて

  • いろはカルタ 「し」 江戸と上方

     知らぬが仏(江戸) 『知ればこそいろいろ妄念がおこるが、知らねば心も穏やかで仏のようにわだかまりがない。知ればこそ腹も立つが知らないので平気でいられる。 転じて、当人だけが知らずにのんきに構えているのを嘲っていう語。』  大学入試も会社の就職も当人の知らないところで親が確りと動いている場合がある。  そのことを知っていると、おぼっちゃんやお嬢ちゃんが、いっちょうまえの口を聞いて、世間の批判をした

  • いろはカルタ 「み」 江戸と上方

     身から出た錆(江戸) 『刀の錆が刀身から生ずることから、自分自身が原因となってした災い。』  どうしようもない親を持った子供は本当にどうしようもない。どうしようもない子供を持った親は難儀なことではあるが諦めがつく。  自分が育てた子どもであり、その子が育てた孫であれば自分自身の生き方や子育てに問題があったと思えば致し方のないことである。  諦めが肝心である。    無駄な抵抗  素直にやめた  

  • いろはカルタ 「め」 江戸と上方

     目の上のたん瘤(江戸) 『自分より位置や実力などが上で、何かにつけて邪魔になるもの。』  目の上のたんこぶとなる場合と憧れや尊敬になる場合とがある。  実力のある厳しい先輩に多く出逢ったが、目の上のたんこぶと思ったことは一度もなかった。  いつもすごい先輩だと驚きと尊敬の念で相手に接した。先輩から引き上げられてここまでやってきたように思う。  要は、相手との人間関係をどう作るかで、「たんこぶ」に

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