北基台北東コーナーの製作 その9
前回『その8』で城址山地標高が高過ぎ、お椀を伏せた様な形状が気に入らず、東基台本線と引込線角度を変更して、より自然な風景にする設計変更を行いました。 合わせてカーブ鉄橋を34度から35度の微修正を加え、最終的に上図赤丸カーブ鉄橋接続部で2-3mmのズレが発生する事が解りました。 砂防堰堤上流の河原と... 続きをみる
前回『その8』で城址山地標高が高過ぎ、お椀を伏せた様な形状が気に入らず、東基台本線と引込線角度を変更して、より自然な風景にする設計変更を行いました。 合わせてカーブ鉄橋を34度から35度の微修正を加え、最終的に上図赤丸カーブ鉄橋接続部で2-3mmのズレが発生する事が解りました。 砂防堰堤上流の河原と... 続きをみる
横須賀線は海軍軍港横須賀と陸軍防衛拠点観音崎砲台アクセスの国防上の理由から、1889年(明治22年)大船-横須賀間が開業しました。 開業時は蒸機運転でしたが、1925年に全線電化されED50型電機がナハ22000系客車を牽いて運転開始されました。 東京-横須賀間62.4kmの所要時間は蒸機時代110... 続きをみる
動画で観る: 👇 文章で読む: 👇 : 👇 投稿は1~3週間に1回ペースになります。ご意見ご感想はコメントにてどうぞ ◎以下はアーカイブです(三句二首&旅ブロ・随想) 動画で観る: 👇 文章で読む: 👇 動画で観る
60年前1966年7月の鉄道話題の紹介最終回です。 旅客列車冷房化は特急から急行へ、1等車・寝台車から普通車の順番で進みました。 1966年は客車編成急行の1等車と2等寝台車に冷房装置が装着された時期でした。 111系・113系併結用郵便・荷物合造電車として、1962年にクモユニ74型が、72系旧型... 続きをみる
現在北基台北東コーナー製作中で、初使用レジンによる川面表現に手応えを感じてます。 延伸線にはトラフガーダー橋下の谷川がありますが、要改善点があります。 と言うのは水流が見えず涸れ沢の様になってる事で、未製作の下流はスタイロフォーム下地に紙粘土で防水加工した両岸を作り、レジンで流れを表現する予定です。... 続きをみる
60年前1966年7月の鉄道話題の紹介続編です。 自動車輸送は各自動車メーカーの私有貨車で行われてましたが、1966年国鉄が汎用性のある車運貨車を開発し、試作ク9000を含め1973年までにク5000を932両製造しました。 片道空車の私有貨車より効率的な新車輸送を実現しましたが、大型トレーラー輸送... 続きをみる
60年前1966年7月の鉄道話題の紹介続編です。 八王子など東京西郊地区から海水浴に行くには横浜線で東神奈川に出て、横須賀線で鎌倉・逗子方面が一般的でしたが、時刻表掲載されない八王子発相模線経由茅ヶ崎行臨時快速DC列車が休日運転されてました。 地元自治体から告知されてたのでしょう。 河和線は名鉄の支... 続きをみる
新素材レジンのテスト結果は非常に良好でした。 ★砂防堰堤下流の製作(Cont.) 北基台砂防堰堤下流水面にレジンを施工します。 最初にテストと同じ12g調合して流し、更に12g追加、半乾き状態でまだ不足してたので、6g追加し計30g流し込みました。 24時間放置硬化後の状態確認すると、川下流の砂防堰... 続きをみる
60年前1966年7月の鉄道話題の紹介です。 【過去記事より転載】 6月一杯名古屋始発の中央西線中長距離列車はほぼ全て蒸機牽引でした。 瑞浪までの複線電化工事が完成し、7月1日から営業運転が開始されました。 中京地区にはビッグニュースでした、沿線各駅に掲示されたポスターです。 祝賀列車は70系普通列... 続きをみる
延伸線の川に使う新素材テストです。 従来線の川はグロスポリマーメディウムでベースを作り、ジェルメディウムとブレンディットファイバーで表面仕上げをしました。 【従来線小川】 『らしい表現』は可能ですが、乾燥時間が非常に長く、表面質感も今一歩でした。 これらの素材は油絵用の画材で、諏訪の画廊に追加調達に... 続きをみる
60年前1966年6月の鉄道風景と、月末恒例の俳句です。 寿都鉄道は函館本線山線の黒松内と日本海に面した寿都を結んでた、1920年開業、1968年廃止された鉄道で、国鉄型旧型蒸機が混合列車を牽いてました。 そんな地方鉄道もDL化の波は押し寄せ、残った蒸機晩年の姿です。 函館本線は北方の脅威に備える軍... 続きをみる
前回の独編です。 1968年完成目標の総武本線千葉-成田間電化工事準備が着々と進んでました。 公式発表はありませんでしたが、新東京国際空港は水面下で成田に決定されてたのかもしれません。 水田の中の小高い築堤の蒸機列車と、並ぶ通信電柱は昭和の鉄道風景でした。 この古臭いボロ屋が県庁所在都市玄関口山形駅... 続きをみる
60年前1966年6月の鉄道風景です、西は東京から鹿児島まで特急で24H弱で到達できましたが北は旭川まで、稚内・網走・釧路は夜行急行で東京を出て到着は翌々日の午前中、航空便は大衆化しておらず、日本国内の時間的距離がはるかに遠い時代でした。 書きぶりからすると1966年が初ではなく、2-3年前から6月... 続きをみる
今回は追加工終了した河岸段丘ユニットを北基台に固定設置します。 ★河岸段丘ユニットの固定設置 先工程を再検討し、河岸段丘ユニット固定設置後作業が困難にならないか確認しました。 大丈夫です、固定します。 最初に県道トンネル給電線を、河岸段丘ユニットベース4mm合板と北基台ベース6mm合板に空けた径10... 続きをみる
今回は東北の地味~なローカル線、石巻線と大船渡線の話です。 石巻線は東北本線小牛田を起点とし、石巻まで大正元年に開業、昭和14年女川まで延伸開業し、昭和33年に女川-女川港間貨物専用線を開業した、全長46.3kmの丙線路線です。 陸羽西線・陸羽東線と合わせ、東北地方日本海側と太平洋側を結ぶ東西横断線... 続きをみる
さてここで困った問題に直面、先の事を考えずに風景製作を進めた結果です。 ★困った問題 河岸段丘ユニットと城址山地ユニットは元々地続きで、川の浸食で谷ができた地形です。 つまり川の両岸は同じ岩質で、河原の岩や石も同じハズです。 河岸段丘ユニット製作時に、地表ベースにフラットアース塗装し、リアルサンドナ... 続きをみる
前回の続編、60年前国鉄時代の昔話です。 早い物で民営化から来年で40年になります。 現在は大手私鉄譲渡車だけで運行してる長野電鉄は、当時特急用2000系・通勤用OSカーの独自開発車を運行してました。 基本3連を4連化する試験運転が行われてます。 信越本線長野電化と中央東線松本電化が完成した長野県内... 続きをみる
国鉄時代の全国鉄道ネタ、今回は1965年6月で、日付順に紹介します。 61年前の話ですから、当時をご存知の方は全員高齢者になります。 山陽本線は1964年全線電化完成しましたが、広島・幡生(下関)両操車場と貨物連絡線電化完成は、翌1965年にズレ込みました。 貨物列車電機牽引に備え、EF60がバック... 続きをみる
奈良の旅の続編です。 【関西本線木曽川橋梁】 乗車予定は名古屋13:07発亀山行快速列車でしたが、早着したので関西本線先発の四日市行普通列車に乗車しました。 四日市で現在生き残る軽便鉄道『四日市あすなろ鉄道』を見る時間が取れないかと考えたからです。 【富田駅】 60年前rは東京-大阪湊町間に夜行急行... 続きをみる
6月6日・7日に奈良へ出掛けました。 所属する俳句結社の年次大会が奈良で開催され出席する為です。 昨年は東京で欠席、一昨年は仙台で北海道旅行とセットで出席しました。 6日(土)12時開会で記念句会、夜は懇親会、7日(日)午前句会で12時終了です。 7日は終了後帰宅可能ですが、6日は12時に奈良到着は... 続きをみる
本題に入る前に、 6月5日(土)19:30、拙ブログ開設後アクセス数が累計3百万に達しました。 改めてご愛読に感謝申し上げます。 節目ではありますが、正に『継続は力なり』10年半の積み重ねなので、通過点の一里塚なのだと考えてます。 では本題です、砂防堰堤とカメラ台の追加工が終わったので、城址山地の地... 続きをみる
前回私鉄から消えゆく蒸機を紹介しましたが、今回は軽便鉄道から消えゆく蒸機と国鉄時代初期に活躍した消えゆく旧型客車の話です。 ★頚城鉄道 頚城鉄道は、1916年(大正5年)に開業した信越本線黒井駅近くの新黒井駅と内陸部裏河原駅間15.0kmを結んでた、762mm軌間の軽便鉄道でした。 1930年代に並... 続きをみる
城址山地の骨格製作が続きます。 ★城址山地骨格の製作(cont.) 山地標高は6段150mmでは不足と解ったので、7段目をを積み増します。 半分程度削る必要があるので、発生した端材で7段目を積みました。 頂上本丸跡スペースを広くする為に、5・6段目にも端材を追加接着しました。 現場確認すると、7段1... 続きをみる
60年前5月の鉄道風景最終回は、月末なので俳句とセットです。 今回は鉄道・旅関連入選句が三句揃いました、内1句は特撰です。 電鉄会社とお菓子メーカーのタイアップ企画で、南海に『臨時森永エンゼル号』が招待された親子を乗せて運転されました。 1966年は例年より1ヶ月早く『黒部渓谷トロッコ列車』が運行開... 続きをみる
北基台北東コーナー山地地形決定に必要な砂防堰堤完成、次は付属品カメラ台です。 ★カメラ台製作 カメラ台は1.2tプラ板に5mmプラ角棒を接着するだけの至極簡単な工作です。 ❶40X140mm1.2tプラ板を切り出しコーナー斜めカット、後で実用限界まで小型化するので未仕上げです。 5mmプラ角棒余材か... 続きをみる
1966年GW期間中に撮り鉄さんが大活躍した様で、まだGW後半です。 この時代には軌道線に花電車が走る事が良くありました、祭の景気を盛り上げる為です。 博多どんたく・港まつりに合わせ、福岡市内を西鉄の花電車が走りました。 当時は大手私鉄各社が貨物輸送をしてました。 電機牽引が多く、東武の様に蒸機もあ... 続きをみる
乗り鉄旅に出掛けてたのでレイアウト製作は進んでません。 60年前1966年5月の鉄道風景を日付順に紹介します、GW中の撮り鉄さん取材写真が始めに並びます。 アプト式廃止100年経過で『碓氷峠100年物語』掲載したのが2年前、1966年5月は2年半後なのに何でEF63と思ったら、7月からの碓氷峠複線運... 続きをみる
北基台北東コーナー山地地形決定に必要な砂防堰堤が完成、でもまだ先に決めなくては山地製作できない事があります。 ★東基台風景との整合 北基台北東コーナーと、その先東基台風景は一部設計変更してます。 【北基台北東コーナー&東基台風景設計図】 最終設計案では以下3点を変更してます。 ❶カーブ鉄橋3連⇒4連... 続きをみる
前回只見線初の全線乗車になった大白川まででした、その続編です。 【大白川】 3月訪問時は線路左側は1.5mの雪の壁で、その先は雪原でした。 今回ビックリ、線路外側は一段低く川が流れてました、川面・河原を覆い尽くす豪雪だったと解りました。 【魚沼田中】 魚沼田中で見覚えのある住宅がありました。 積雪1... 続きをみる
今年は2月13日/14日の野岩鉄道・会津鉄道・飯山線(只見線は区間運休で迂回)、3月7日に只見線小出-大白川の乗り鉄に行ってます。 2ヶ月も家に居るとお尻がムズムズして何処かへ出掛けたくなります。 今回は5月10日の大学クラス会に合わせてです。 【5月10日東京へ】 クラス会は5月10日(日)13時... 続きをみる
北基台から東基台への背景設置が完了し、北基台北東コーナー風景製作準備が整いました。 最初は河岸段丘反対側の山地製作ですが、今回はその前説になります。 ★山地の製作法 山地製作法は、途中完結にしたCLK講座で取り上げる予定でしたので、参考に当社山地製作事例を紹介します。 今回製作山地に対向する河岸段丘... 続きをみる
基台面基準で背景画を下から上に貼る方法を得て、東基台背景画はやり直しになりました。 最初の仕事は、横方向に巻き癖の付いた背景画に縦巻きの癖を付ける作業でした シワや折り目に注意して巻き直し、輪ゴムを掛けて2日間放置しました。 6年間横巻き保管してたので、治る可能性低いですが、横にクルクル丸まる癖を修... 続きをみる
背景設置でレイアウト建設再スタートしましたが、そうそう建設が進む訳ではありません。 間に随想ネタを挟みます、先日60年前4月の鉄道風景を紹介しましたが、その前年1965年5月の鉄道風景です。 生まれる前の読者も多い遠い昔話で、日付順にします。 1960年代に青函トンネル完成前の最終世代連絡船が次々就... 続きをみる
前回紹介した北基台完成ストラクチャ民家3軒をレイアウト上に固定設置する為の工程設計が今回のテーマで、長らく延伸線建設工事中断に至った原因です。 ★民家3軒固定設置の必須前工程 【北基台中央ユニット】・・・薄黄色部 民家3軒を周囲の畑など風景製作して固定設置するには、河岸段丘ユニットを固定し、完成済み... 続きをみる
複数レイアウト製作者は最初のレイアウト製作時の失敗を2作目に活かしてると思います、何事もやって見なければ解らない物です。 当社従来線は最初に線路敷設してストラクチャ配置し、後でレール・道床塗装とバラスト撒布に大変苦労しました。 【延伸線北基台北西ユニット】 その反省に基づき、延伸線では線路敷設・スト... 続きをみる
間もなくGW、観光地蓼科・白樺湖方面沿いの食品量販店には、首都圏・関西圏ナンバーの県外車が並び、地元住民はありがた迷惑なシーズンになります。 月末ですので近作俳句を5月のローカル線風景と共に紹介します。 『ローカル線』定義は曖昧ですが、新型車や優等列車が走る路線以外と大雑把な分類です。 北から見て行... 続きをみる
間もなくGW、都会の皆さんが遊びに来る観光地に住んでるので、地域住民には有難迷惑な側面もあります。 60年前1966年4月の鉄道風景最終回、月末の出来事です。 この時代はモータリゼーション進化と高速道路網建設に対し、国鉄が貨物輸送への危機感を募らせた時期で、様々な試みをしてました。 操車場近代化しか... 続きをみる
前回に続き60年前1966年4月の鉄道風景です。 前回が4月15日までの月前半、今回後半で完結しそうでさにあらず、後半は話題が多く2回になります。 飯田線・身延線は早く電化されてましたが、旧型電車に合わせたトンネル断面形状だったので、70系以降の新型電車は低屋根改造して架線位置を下げないと通過できま... 続きをみる
60年前1966年4月の鉄道風景を集めました。 昭和41年は東京五輪フィーバーと大阪万博の谷間の中弛みで不景気な就職難の時代でした。 撮影日順に並べて見ました。 筆者が知る秋葉は1970年代、その後の流行発信地になったお洒落な町とは掛け離れた電気・部品屋街の雑然とした町でした。 地上レベル改札から3... 続きをみる
前回の続編で同型車は軌道線、路面電車にも多く存在しました。 ただし路線廃止・縮小で他社に譲渡された車両を除き、新製車として入線した車両に限ります。 明治末-大正期に開業した軌道線は、馬車鉄道ルーツが多いのが特徴で、軽便鉄道蒸機運転ルーツが多い鉄道線と違います。 馬糞公害と馬の飼育費用削減で電車化され... 続きをみる
前回の続編で電車草創期、私鉄が自社開発する力がなく、車両メーカー開発・製造の既製品電車を導入してた時代の話で、その結果同型車が多く存在しました。 大正後期-昭和初期は地方私鉄が電化に踏み切った時期です。 これ等地方私鉄で現在存続する各社は、京王5000系・3000系、東急7000系等1960年台大手... 続きをみる
現在はJRを含めた鉄道各社が車両を独自設計し車両メーカーに発注する時代で、車両の多様さは正に百花繚乱、でなかったら模型メーカーはネタ切れになってたでしょう。 60年前は私鉄各社が独自設計発注を開始した時期で、小田急NSE車・東武1710系特急車両を始め、東急7000系・京王5000系の様な通勤車両新... 続きをみる
前回の続編『バラストテープ製作法』と『敷設実施れ』です。 CLK講座開講時は、シーナリー・ストラクチャ製作のヒントやアイディアまで紹介する予定でしたが、視力低下で工作が無理なので、講座完結にします。 ★バラストテープ製作 バラストテープは以下の手順で製作します。 様々なタイプの両面テープがありますが... 続きをみる
1945年8月15日、日本の無条件降伏により、突如南樺太は日本の領地ではなくなりました。 非戦闘員として南樺太の開発に励んできた鉄道省樺太鉄道局職員は、その日をどう迎えその後どうなったのでしょうか、当事者の証言記録が残ってますので紹介します。 【タイトル画像】 樺太庁から鉄道省が南樺太の鉄道を引き継... 続きをみる
樺太の鉄道シリーズはあまり人気ありません。 若い世代の方には、生まれる数十年前消滅した昔話には興味が湧かないのでしょう。 さて筆者こだわりの只見線ですが。 【4月2日只見線運行情報】 数日置きに確認してますが、桜前線北上開始しても一向に大白川-只見間の運転開始される様子がありません。 すでに運転見合... 続きをみる
今回は樺太庁に1941年買収された私鉄樺太鉄道の蒸気と気動車の話です。 【タイトル画像】 本シリーズVol.2で解説した様に樺太鉄道は王子製紙が中心となり、富士製紙・樺太工業3社共同出資で、パルプ・紙製品原料木材輸送と、工場燃料石炭輸送目的で落合-敷香間に開業した路線です。 この3社で洋紙市場の8割... 続きをみる
月末なので俳句の回ですが、鉄道・旅俳句は種切れです。 昨年秋の作句で、機関誌最新号に入選・掲載された拙句をレイアウト風景と共に紹介します。 昨年10月句会は『刈田』が兼題でした、稲刈りが終わり株だけ残った水田の様子で、晩秋10月の季語です。 兼題とは句会の『お題』で、季語が選ばれる事もあれば、『赤い... 続きをみる
樺太の鉄道が軍用軽便鉄道として産声を上げ、1910年(明治43年)11月5日の1067mm改軌を経て、大正・昭和期に発展してきた歴史を見て来ました。 【タイトル画像】 今回は改軌後の樺太庁鉄道で活躍した蒸機たちの話です。 鉄道院所管外の樺太庁鉄道最初の蒸機は鉄道院からの借入機でした。 なお、樺太庁鉄... 続きをみる
シリーズ初回に樺太の鉄道発祥と民政化後樺太庁鉄道となり、1067mm改軌後豊原-栄浜まで延伸開業した明治期の歴史を見て来ました。 今回は大正・昭和期の鉄道建設、1943年4月に樺太庁鉄道が鉄道省に移管されるまで30年余の鉄道発展の話です。 【タイトル画像】 この写真撮影者西尾克三郎氏(1914年生-... 続きをみる
戦前朝鮮半島・満州と共に日本統治下にあった南樺太(北緯50度以南)にも日本の鉄道路線が1906年-1945年の40年間存在してました。 昨年『満鉄シリーズ』で南満州鉄道を紹介しましたが、樺太の鉄道は歴史のベールに包まれ知られてません。 勿論筆者が生まれる前に消滅した鉄道なので知る由もありませんが、興... 続きをみる
シリーズ最終回は中京圏より東と北の国鉄関連話題の紹介です。 【タイトル画像】 1966年は、1964年東京五輪の建設ラッシュで続いた右肩上がりの成長が一段落した時期でした。 経済成長減速し、戦後始めて就職難と言われた年で『大学は出たけれど』と言われました。 1970年大阪万博に向け再加速したのは19... 続きをみる
本シリーズ最後は国鉄関連話題の紹介です。 【タイトル画像】 1964年赤字に転落した国鉄は、1960年開始の『生産性向上運動』で労使対立が泥沼化し、都市部で激増する通勤通学客対応に追われてました。 次々建設される赤字確実新線運行・電化・複線化・無煙化推進の変化の時代に対処し切れず、混迷を深めてました... 続きをみる
筆者は65歳時に加齢黄斑変性が発見され、進行を抑える注射手術を年3回受け続けてます。 白内障はカメラレンズ曇りに相当し、黄斑変性はフィルム感度低下です。 更にレンズフィルタ汚れに相当する遺伝性角膜変性があり、眼科医が眼底を良く見えないほどでした。 3年前運転免許更新は視力0.7でギリギリ、2023年... 続きをみる
今回は地方私鉄・路面電車・鉄道関連その他の話題紹介です。 【タイトル画像】見て 大手私鉄が勢力を伸ばした一方で、赤字地方私鉄・交通渋滞の原因になった路面電車が次々廃止された公共交通再編の時代でした。 70系と113系が擦れ違う画像をタイトルに選んだのは、新旧交替を象徴してるからです。 北から南に見て... 続きをみる
国鉄以外の鉄道、大都市圏大手私鉄とその傘下の都市近郊路線の話題を紹介します。 【タイトル画像】見て この時代は大手私鉄が、路線延長・車両大型化・長編成化・地下鉄相互乗入を開始し輸送力増強に努めてました。 関東大手私鉄では先日紹介した東急田園都市線開業を4月1日に控えその話題で持ち切りでした。 そんな... 続きをみる
60年前1966年3月の鉄道風景紹介です。(一部1966年2月が含まれます) ★新線建設 国鉄の新線建設は、全国一様な交通インフラ整備の美名の基、明治期以降建設一本鎗で政治主導で進められてきました。 1960年代から欧州各国で赤字ローカル線廃止が始まり、国内でも1964年国鉄基本問題懇談会が赤字ロー... 続きをみる
中央東線の松本電化は1965年7月に完成し、10月ダイヤ改正で165系急行『アルプス』運転が開始されました。 松本電化に先立ち1965年4月に松本機関区が廃止され、松本運転所が誕生した様子は以下記事で紹介しました。 ◆松本運転所・・・2025.07.21更新 新宿から大糸線信濃森上まで直通急行が走り... 続きをみる
あっと言う間に2月末、2026年の1/6終了です。 月末ですのでこの季節の鉄道写真と共に、俳句を紹介します。 鉄道・旅関連句は種切れになりそうです。 【2月27日現在】 本題の前に、2月13/14日の旅以降、只見線運行情報を注視してます。 2度跳ね返されると、意地でも未乗小出-会津川口間乗車がしたく... 続きをみる
拙ブログはレイアウト製作電気関係技術データベースとして利用されてる様で、過去記事のアクセスが多いのが特徴です。 先日も組立式お座敷運転レイアウトから固定式レイアウト移行をお考えの『TOMO36』さんから、8年半前更新記事に対し質問がありました。 ◆コンデンサポイント切替電気講座総集編②・・・2017... 続きをみる
旅行記最終回は、新津から迂回ルートで飯山線乗車、帰宅までです。 【タイトル画像】 春の様な暖かさの新津駅構内で信越本線列車を待ってる際、3月14日実施のJR運賃改定案内が構内アナウンスで流れてました。 諸物価高騰の折、運賃値上げは小幅ではなく、10%を超えるかもしれません、只見線再チャレンジするなら... 続きをみる
シリーズ3回目、旅行記続編です。 【タイトル画像】 会津田島駅で只見線運行情報確認しても、明日14日運行がどうなるかの情報なし、会津若松駅で確認するしかありません。 その前に初乗車の会津鉄道、旧国鉄会津田島線です。 ★会津鉄道(旧会津田島線) 国鉄時代の会津田島線は鈍足盲腸路線でしたから乗車経験がな... 続きをみる
前回週間天気予報で2月13日-15日に冬型が緩み、福島県南部・新潟県・長野県北部が春先の様な気候になると解り、急遽13/14日両日に乗り鉄旅決行を決断した経緯を紹介しました。 13日出発し、新宿到着、食糧・飲料調達で一旦切りました、その続編です。 【タイトル画像】 新宿から乗車する特急『きぬがわ3号... 続きをみる
昨年12月、只見駅停電事故で撤退を余儀なくされてた只見線完乗と、飯山線乗車をセット、往路に野岩鉄道・会津鉄道乗車を加えたリベンジ雪見旅を計画してました。 ◆冬の旅どうする?・・・2026.01.05更新 【タイトル画像】 計画完成した物の降雪時運休・遅延頻発路線なので、冬晴れの日を狙ってましたが、厳... 続きをみる
シリーズ6回目は房総の地方私鉄の話です。 ただしシリーズVol.2『民営鉄道と国有化』で解説した消えた軽便鉄道『九十九里鉄道』と『夷隅軌道』は除外します。 【タイトル画像】・・・房総西線 江見付近 1966.01.08 房総には大手私鉄京成電鉄があり、上野-成田間及び都営地下鉄で京浜急行電鉄と相互乗... 続きをみる
シリーズ5回目は、房総が『気動車王国』と呼ばれる様になった経緯と背景です。 【タイトル画像】・・・房総西線 江見付近 1966.01.08 日本の気動車発展のルーツ機械式気動車については以下記事をご参照ください。 ◆国鉄型キハのご先祖ガソリン動車の終焉 ◆国鉄型機械式気動車 気動車は、少量多頻度輸送... 続きをみる
この週末は全国的に荒れた天候で、諏訪も初の本格的降雪で10㎝強積もりました。 成人式から2回の寒波で諏訪湖が全面結氷し、8年振りの御神渡り出現が期待されましたが、今年も出現せず、記録の残る室町時代からの最長記録に並びました。 さて、60年前と言うとまだ生まれてない読者も多いかと思います。 日本が経済... 続きをみる
シリーズ4回目は、前回紹介した在籍蒸機・DLが房総で働く姿です。 【タイトル画像】・・・房総西線 江見付近 1966.01.08 昨年末から『戦後80年』『60年前年末・年始』『房総の鉄道』とシリーズ物を続けてますが、テーマを絞って掘り下げるのも面白いと考え、今年は増やそうと思います。 ★蒸機の風景... 続きをみる
シリーズ3回目は房総を走った車両達です。 ただし客貨車は除外し、千葉まで電化時代で、旧型国電の101系置き換えが始まった頃なので、電車も除外します。 【タイトル画像】・・・房総西線 江見付近 1966.01.08 つまり、房総を走った車両達とは、蒸機・気動車・DLの話になります。 ★民営鉄道から引き... 続きをみる
シリーズ2回目は房総の鉄道網形成の歴史です。 総 【タイトル画像】・・・房総西線 江見付近 1966.01.08 前号で触れませんでしたが、房総西線江見駅は終着安房鴨川近くの外房側に位置し、後方の海は東京湾でなく太平洋、冬でも霜が降りる事がない常春の地です。 ★総武鉄道 総武鉄道については前回、両国... 続きをみる
房総は太平洋に張り出し東京湾を内海にする半島名で、旧国名『安房』『上総』『下総』に因んだ命名です。 現在の千葉県に当たり、この地に鉄道が敷設されたのは明治期末で、『下総』と『武蔵』の国を結ぶ総武鉄道として誕生しました。 【タイトル画像】・・・房総西線 江見付近 1966.01.08 房総のJR線はほ... 続きをみる
ブログでは主に旅や鉄道関係の句を紹介してますが、原則として投句して入選し、機関誌に掲載された句を紹介してます。 例えば6月旅行の作句は7月下旬句会に提出し、感想・評価を得た上で、毎月20日〆切の8月20日に投句します。 入選作が掲載された10月号は10月中旬に届きます。 それまで公表を控えてるので、... 続きをみる
大手私鉄が鉄道敷設を始めた明治末1911年(明治44年)、阪急電鉄は利用客増加策として沿線宝塚に遊園地(2003年閉園)を開園し大成功を収めました。 関東大手私鉄は阪急に倣い、京成は八津遊園(1925年-1982年)、西武は豊島園(1926年-2020年)、東急は多摩川遊園地(1925年-1979年... 続きをみる
シリーズ最終回は、無煙化本格始動時代のDLとその他の話です。 国鉄が無煙化を最優先したら幹線DD51、ローカル線DE10大量投入で2年は前倒し可能でした。 この時代に国鉄が民営化されてればその選択をしたでしょうが、無煙化数年後に訪れる電化による車齢20年未満DL大量余剰廃車を回避する為、10年掛けて... 続きをみる
シリーズ4回目は私鉄車両の話で、大手私鉄・地方私鉄・ナロー私鉄・路面電車の順で纏めました。 今週は日曜日更新したので、隔日更新になります。 【タイトル画像】 ★大手私鉄車両 トップバッターは特急列車、それも豪華な通勤特急です。 名鉄は名古屋-高山間に8000系DC『たかやま』号を国鉄乗入で運転してま... 続きをみる
シリーズ3回目は国鉄車両、機関車は別に纏めますので、電車・気動車・客車の話です。 【タイトル画像】 1965年末は自家用車爆発的普及黎明期で、帰省・初詣・スキー客輸送の為に、国鉄は手持ち車両総動員で臨時列車を大増発してました。 航空便は大衆化前で、年末・年始の国鉄輸送人員は、現在の倍以上だったと思い... 続きをみる
シリーズ2回目は全廃まで10年を切った蒸機です、年末・年始に活躍する姿です。 第一次SLブームは1965年から始まったと言われてます。 鉄道マニアでない一般人からは『早く消えて欲しい古臭い物』と見られてたのが実情でした。 【タイトル画像】 ★現役活躍の蒸機 蒸機は決して珍しい物ではなく都心近くでも時... 続きをみる
60年前1965年末、筆者は高校1年生でした。 ようやく一人旅が許されましたが、行きたい処は山ほどあれど旅費がない、鉄道模型の他に登山にも嵌ってました。 バイトで稼ぎたくても受験戦争の最中にあり、勉強頑張らないと将来が覚束ない環境でした。 【タイトル画像】 国鉄は中期計画で10年後の蒸機全廃を決定し... 続きをみる
会津川口駅は自宅から直線距離300km少々です。 しかし国内で最も交通の便が悪い場所で、時間距離は約8時間、春の北海道旅では函館の先まで8時間でした。 停電回復に賭けて乗車列車に腰を据えるか、今来た道を引き返すか即決しなくてはなりません。 判断材料がありました、只見線運休時に会津若松13:30発郡山... 続きをみる
起床後『只見線運行情報』『磐越西線運行情報』確認すると、磐越西線は平常通り、只見線は会津若松・小出上下始発列車が大雪の為遅延と出てました。 磐越西線は山都までしか乗車経験がないので、会津若松に向かい、只見線運転状況により、只見線乗車か郡山から東北新幹線で早い帰着かの選択にしました。 磐越西線乗車中に... 続きをみる
『初冬の東北乗り鉄旅』四日目です、前日強風の影響で1時間遅延発生の五能線乗車が最初です。 青森北部から東北出外れて新潟までの長距離移動です。 出発時に酒田から先はオプションの特急移動に決まました。 新潟に2時間強早着できますし、16:30以降は暗くなるからです。 まずは五能線の遅延がない事を祈ります... 続きをみる
『初冬の東北乗り鉄旅』三日目です、前夜ホテル帰着後風雪警報が発令された地域への行程をどうするか検討しました。 当初計画は北上線・秋田内陸縦貫鉄道・津軽鉄道の3線乗車でしたが、一番積雪影響を受け易いのは秋田内陸縦貫鉄道と考えました。 優先順位は津軽鉄道ストーブ列車で、未乗車他2線一方をパスして遅延対策... 続きをみる
旅二日目の後半です、宮古10:50発の乗車列車は北に向かいました。 【直進するリアス線】 宮古から先のリアス線は線形が一変します。 カーブを減らし可能な限り直進、山があればトンネルで突破の新幹線式敷設法です、建設年代が新しいからできた事です。 トンネルが多くなり、長いトンネル出て減速し駅に停車すると... 続きをみる
『初冬の東北旅』二日目です。 これまでにない早い行動開始時間は、北上連泊にして身軽に行動可能にする事と、日が短い時期の明るい時間帯に釜石線・リアス線・八戸線に乗れる唯一の方法だからです。 前夜北上到着時に仕入れた午前中用食糧・飲料(他にお茶1本)です。 ホテル朝食開始は6:30で利用できないからで、... 続きをみる
9月に計画した『初冬の東北乗り鉄旅』に、12月2日出発しました。 11月26日から12月5日出発限定の5日間乗り放題割引切符ですが、津軽鉄道ストーブ列車が12月1日運転開始な事とホテル予約の都合でこの日出発になりました。 【大人の休日倶楽部パス】 茅野から仙台往復より安い価格で5日間フリーパスですか... 続きをみる
【本を読もう】『本を守ろうとする猫の話』(夏川草介)
【本を読もう】『さよならジャバウォック』(伊坂幸太郎)
【本を読もう】『レイクサイド』(東野圭吾)
【本を読もう】『熟柿』(佐藤正午)
【本を読もう】『世界地図の下書き』(朝井リョウ)
【本を読もう】『宙ごはん』(町田そのこ)
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