• 鉄道模型車両価格の経済学 本編

    鉄道模型車両価格の経済学続編です。 《夕暮れの貨物ホーム》・・・輸送革命により失われた鉄道風景です。 2.三男坊は辛いよ どの業界でもNo.3の経営が苦しいのはビジネス界の常識です。 ブランド認知され固定客も付き、上位2社に対抗するには製品ラインナップを揃える必要があります。 しかし規模の論理で何かにつけて効率が悪く利益に結び付かない図式です。 前回例示した業界大手K社の販売価格¥10,000の企

  • 鉄道模型車両価格の経済学 序章

    40年振りに鉄道模型に復帰した5年前、精巧なNスケール蒸機が1万円前後で購入できる事に驚かされました、物価上昇率込みで比較すると昔の1/10の価格だからです。 鉄道模型車両価格、どの様に決まってると思われますか?、それが今回のテーマです。 な~んて、ハナちゃんが家族になってからレイアウト製作時間が半減し、着手した雪崩覆いが予定通り進まない現状です。 2ヶ月で体重900g、誕生時の10倍になりました

  • 有意義だった建設中断3ヶ月

    延伸線建設がメインテーマの当ブログ、随分工作してないと思ったら、7/28県道トンネル仮完成が最後、3ヶ月間電気関連テーマが中心になりました。 建設は中断しましたが、同好の方と知り合い、Arduioと出逢ってTOMIXからPecoに乗り換える設計変更により、倉元駅構内及び駅裏手の風景設計課題をクリアできたなど実り多い3ヶ月でした。 そろそろ何か作りたくなっていますが、一方でブログ開設目的の一つ仲間探

  • 露太本線倉元駅の「それから」

    南基台設計が一段落した処でチョイと一服、露太本線倉元駅がその後半世紀近く、どんな経緯を経て今どうなっているか?、思考ゲームをしてみました。 現在は何の変哲もない小さなJR駅に、国鉄時代からこんな物語があったと楽しんでいただければ幸いです。 ★1970年(想定時代) 【仮完成の倉元駅舎】 数年前の鉱山閉山で貨物扱廃止になりましたが、上下各11本の旅客列車、補機連結開放の貨物列車、通過優等列車を合わせ

  • ブログは何の為? 1年半300回に想う

    当ブログ初投稿は2015年12月26日未明、それから今日でちょうど1年半、301回目の投稿を迎えます。 皆様のご愛読のおかげで先日15万アクセスに到達し、掲載画像フォルダデータは2300を越えました。 節目となる今回は、『何の為に続けてきたのか?続けているのか?』について想うところを綴ってみます。 【キャベツ畑を廻って間もなく踏切、プッワーン】 ブログ開設目的は二つでした。 一つは風景とシナリオ重

  • 実感!ネットの凄さと恐さ

    先日投稿ロングセラー記事の謎に想う - Nゲージレイアウト国鉄露太本線建設記に対し、【手歯止め使用中】ぎっしゃさんから『ブックマークを付しブログ関連・新着記事の入口使用アクセスではないか』と指摘がありました。 筆者もレイアウト製作前情報収集時に同じ経験があり、推定20-30/週のランキング下位はこれではないかと納得できました。 約80/週が長く継続していたわらぶき農家の製作②屋根加工とウェザリング

  • ロングセラー記事の謎に想う

    ブログ記事は投稿日と翌日にアクセスが多く、7日目に週間アクセス数最大、10-15日でベストテン外に去ってそれっ切りが普通です。 興味が充足し参考情報を得られればそれで良い、読み流し捨てられる週刊誌の様な存在だと考えています。 ところが最近数ヶ月首をひねる事態が続いています、古い記事の週間アクセス数が多いのです。 【晩秋の野を往く】 投稿半年前後のentry-1『私の模型歴とレイアウト製作のキッカケ

  • KATO C11を買わなかった理由

    KATO新C11入線ブログ記事が数多く発表され非常に高い評価を受けています。 筆者は新幹線とJR車両に全く興味が無く、昭和40年代の時代設定と非電化亜幹線の場面設定に合う車両のみ入手しています。 ならばC11を見逃すはずはないと思われるでしょうが、実は見送りました、何故なのか?その辺りについて書いてみます。 《4番線で急行待避》 筆者記憶によればD51主力機路線機関区の同居形式は8620・9600

  • 静態保存蒸機ミステリーの謎解き 後編

    廃車日から保存日まで飯田市の1ヶ月は異例ですが、諏訪市・駒ヶ根市3ヶ月、塩尻市7ヶ月、松本市1年弱と様々です、用地確保等受け入れ準備期間の差と思われます。 塩尻市の7ヶ月を平均と仮定して、県内静態保存蒸機の推移年表を作成してみました。 年末に全国無煙化が達成される1975年初時点の状況、赤字は廃車日不明で推定です。 機関区・国鉄工場があった長野市は3両、市民憩いの場、長野電鉄沿線須坂市臥龍公園を加

  • 静態保存蒸機ミステリーの謎解き 中編

    前回続きの本題前に、平成の大合併で耳慣れない名前の市が数多く誕生しました。 隣県山梨では北杜市・南アルプス市・笛吹市・中央市・甲斐市・甲州市・上野原市が誕生し、勝沼・石和・竜王・長坂・小淵沢の中央本線駅名になっていた町は消滅しました。 現在全国で一番村が多い都道府県をご存知でしょうか?、答えは長野県です。 段トツ1位です、58町村77市町村も北海道に続く第二位です。 県北部では東御市・千曲市・安曇

  • 静態保存蒸機ミステリーの謎解き 前編

    工作・レイアウト建設最適時期になりましたが、またまた脱線です。 蒸口密度から静態保存蒸機過剰装飾、そして走行歴のない伊那谷3市D51静態保存の疑問へと興味が次々に発展しています、現地踏査と公開データによりかなりの事が解りました。 保存時期・車両履歴・保存場所と状態の事実を基に、筆者推測を交え長野県南部蒸気静態保存の経緯を謎解きしてみました。 読み物として楽しんでいただければ幸いです。 1.序章【1

  • 続・静態保存に想う

    脱線話題が連続し恐縮です、どうにも静態保存蒸機の過剰装飾が気になり調べました。 電機や電車の保存車両は現役時代のままの姿なのに、何故蒸機だけ?という疑問です。 1966年7月筆者撮影の青梅鉄道公園スナップに写る9600(静態保存展示)は現役時代の姿です。 唯一の装飾要素はランボードからキャブ下白線ですが、これは現車でも珍しくありませんでした。 仲間が全国各地を走っていた時代ですから当然かもしれませ

  • 蒸口密度?と静態保存に想う

    ローカル駅舎本体が完成、県道沿いの民家Bが完成してチョイと一服、全国に静態・動態保存されている蒸機の話題です。 《蒸機保存車両》 http://pszi.sakura.ne.jp/cgi/hozon_db/search.cgi?REM=&PREF=&TYPE=SL&KEISIKI= 上記データベースによると全国で560両、解体注記が含まれるので550余両の蒸機が保存されていると知り、人気が高いとは

  • 身近に感じる温暖化と・・・

    春一番や梅の便りが聞かれるこの頃です。 当地の寒さも峠を越し、4年連続で御神渡りが出現しない明けの海宣言が出ました、戦前の日本軍氷上訓練で戦車が走ったり、飛行機が離着陸したとは信じられません。 筆者が暮らし始めた1983年から30余年でも、明らかに出現回数が減りつつあり、わかさぎの穴釣りは昔語りになるかもしれません。 平成元年開場の市国際スケートセンターも先週で営業を終了しました。 昔は2月末まで

  • 同時進行の面白さとリスク

    2ndステージに入って2ヶ月少々経過しました。 基礎工事と設計が進んでいるので隔日投稿を続けています。 ほぼ同時進行ブログ更新を経験して感じた事を書いてみます。 1stステージはブログ公開など念頭にないまま、8割方レイアウト製作が進んだ時点で唐突に開設しました。 製作過程記録がほとんどなく、数週間製作分を1回で紹介するペースになり、50-60回分あった記事在庫が減る一方の状況がストレスになっていま

  • 「メンカタ濃い目」に思うこと

    床製作が完了したのでチョット一息、随想を挟みます。 年数回行くラーメン屋があります、30年前はメニュー3種、カウンター10席のみ、忘年会帰りに底冷えする硝子戸外で待ちました、代替わり後も同じスタイルの繁盛店でした。 最近支店を出してメニューも増え、時の流れを感じましたが、先日久し振りに行った際、「メンカタ濃い目」の客注文をこの店で始めて聞きました。 東京単身赴任時、外出先に近い評判ラーメン店へ寄っ

  • 新製品発売に思うこと

    ブログ開設以来、皆さんの入線記事や新製品発売記事を拝見して、あまりの品揃えの豊富さに圧倒されています。 もし露太本線がローカル線でなく、複線電化幹線の想定だったら、おそらく在籍車両は2-3倍になっていたでしょう。 更に、昭和40年代後半でなく、国鉄民営化以降の想定だったら軽く5倍に達したと思います。 【露太本線の優等列車】 現在の当社在籍車両は、蒸機5両、DL2両、DC18両、旧客12両、貨車15

  • 宙に浮いた鉄橋

    筆者が見慣れた鉄道風景について、最近気になる話を耳にしたので紹介します。 中央本線旧立場川橋梁です、新宿へ向かう際いつも車窓から眺めた風景です。 ボルチモアトラス形式の鉄橋で、1980年複線化による新橋完成まで使われていました。 廃止後36年、現在は国鉄から無償譲渡を受けた富士見町所有になっています。 構造が見えるアングルです。 長い縦柱筋交い部が短い縦柱を支えています、鉄橋下部材は意外と細く華奢

  • 建設中の東急田園都市線

    今年4月、東急田園都市線溝ノ口-長津田間が開業50周年を迎え、様々な記念イベントが行われています。 拙ブログ読者の中には沿線にお住まいの方、または土地勘がある方もいらっしゃるのではないでしょうか。 昭和40年高校へ進学し、地理部に入部した話を前回書きました。 この年の地理部研究テーマは建設中の田園都市線沿線調査でした、現在首都圏有数の混雑区間ですが、51年前は実にのんびりした郊外風景でした。 筆者

  • 広かった昭和30年代の日本

    ネタ不足で始めた鉄の履歴書シリーズですが、振り返ると色々書きたい事、思い出す事があり、良い整理になりそうです。 昭和37年、中学入学時点まで進みましたが、今回は当時と現在の、時間的感覚的な日本の広さの違いについて書いてみたいと思います。 空路・鉄道・車を使い、家族旅行・帰省・学校行事などで、自宅から500km以上の旅を経験した現在の中学1年生は、多分半分以上ではないかと思われます。(我家の子供達は

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