現代詩 ケイへ <改版>
小高い岩山の細い山道を辿り 頂きに着くと わたしは宇宙に閉じ込められているのを発見した 樫の木の枝を握りながら 空がひたすら青くひたすら高いのがもどかしかった ああ 風が吹いているのだよ ケイ 茶褐色に削り取られた斜面は わたしの怯懦に適切なくぼみを与えてくれた どこにもいく場所がないから わたしは... 続きをみる
小高い岩山の細い山道を辿り 頂きに着くと わたしは宇宙に閉じ込められているのを発見した 樫の木の枝を握りながら 空がひたすら青くひたすら高いのがもどかしかった ああ 風が吹いているのだよ ケイ 茶褐色に削り取られた斜面は わたしの怯懦に適切なくぼみを与えてくれた どこにもいく場所がないから わたしは... 続きをみる
日夏耿之介詩集から「三鞭酒」という作品を紹介します。 三鞭酒ー又は流火の歌 良後(あたらよ)の天床(ふしど)に於ける片破星(かたわれぼし)は 夥しくこぼれし三鞭酒(シャンペンしゅ)の一滴にすぎず 微星(ぬかぼし)らの声音(こわね)を好む 神経質の笑ひにて 其存在を精密に高度(かうど)に知覚すべければ... 続きをみる
運命であるか わたしを遠くへ連れ去ろうとするものは 過去を振り返ろうとは思わない わたしはあんまり出鱈目な道を歩いてきたから それが生きるに値する 物語であるなら 過去は自らを自らの言葉で語り始めるだろう 町の灯が雨に滲む バスは濡れている 病んだ心を抱えていることが わたしを前へ進ませるのか 空き... 続きをみる
夜を阻むものはなにもない 眠りにつくごとに わたしはけだるい悪の夢を涵養した 無言の空間に輝く星は虚空の思想の罪業の深さを知っている 下半身を車につぶされた子猫が鳴く声の 遠い記憶のように 虚無は わたしの伴侶である
詩は刃に切られ 鮮血を 流し 生命を証す 詩は強風にあおられ 砕け 散り 吹きだまりをつくる 詩は火に焼かれ 熱く 燃え 骨となる 詩は土に埋もれ 腐り 死に 時を待つ
この夏の日盛りに君は忽焉として 逝った 心臓に大病を抱えた君の体は するどく痩せていた それでも君は仕事に熱心だった 誰のためというのでもなく 動かぬ足を引き擦ってでも 君は仕事先に出掛けた それは君の譲れぬ意地であったか 口は開き喉の奥の白い詰め物が見えた 君の死に顔は痛ましかった 略式の無宗教の... 続きをみる
原野には男 ウサギはしなやかに叢を跳んだ 小石には蟻 眼界の果てには 遠くけぶる町 ここに 新しい線を引こう 黒く太々しい果てしない線を
ちりぢりの髪と 明るい少年の目をして あなたは詩を論じていました 光る言葉が見つかると あなたは貴重な昆虫をつかまえた子供のように うれしそうでした バイク事故に傷ついた 受難を思わせる あなたのでこぼこの額は けれどもどこか 人を安堵させる未完成の真実を 持っていました 松井さん クリスチャンだっ... 続きをみる
喜びはモーツァルトを聴くこと 時にふと誰かが聴いている モーツァルトの音楽に耳を澄ますことは 無上のよろこびである なんという絶対の新しさ なんという絶対の自然さ どこまでもつきぬける自由 流れ出して止まない無限のやさしさ きよらかな泉のようによどみを知らず溢れでる抒情 そうして 異様なまでの多様性... 続きをみる
バッハの音楽は神に捧げられている ベートーヴェンの音楽は人類に捧げられている モーツァルトの音楽は言葉に窮する ハイドンの音楽は美のために スカルラッティの音楽は遊戯のために メンデルスゾーンの音楽は趣味のために シューベルトの音楽は心情のために ショパンの音楽は集う人のために シューマンの音楽は気... 続きをみる
ものがなしい夢から夢へと 人々はさまよう アスファルトは雨に濡れてさらに黒く バスはとまっている 外灯は葬式の灯明のようにきびしく光り ビルの谷間からのぞいた月に 青猫は手を合わせる 人は思いに耽る もの憂い語られることのない思いに
パっと扉が開いても ぼくは ボーっとしている 自然がどんどん入り込み 言葉がどんどん脱けて行く ああ 雨が降ったら傘をさすのだ ぼくはでく おお 紫陽花の花が咲いている ぼくは木偶
花のように世界を信じている 少女に出会いました 男は突風のように あっというまに少女を連れ攫いました 根っこさえ残らなかったのです
風にもまれ サクラは散り急ぐ 空を映した川に それは音符のように流れて行く 降りそそぐ花びらのその一つ一つの軽さを 川は 透明な裸体で受け止める 空は高く晴れ サクラは散り止まぬ その性急な凋落 遁走のアレグロ 死という最良の友を 連れて
わたしがいなくなったら お前はどう生きて行くつもりなんだろう 息子よ お前はどうしてかあさんに似て わたしに似なかったのだろう ああ 愚かにも心を閉ざしわたしの許を去って 行ってしまった息子よ 応えておくれ 息子よ わたしの生き方をお前はどう思うのか
明るい夕暮れ 少女がまぶしく笑いながら駆けていく 少年の日の 思い出は裂け 傷口は新しい血を流す 記憶はやわらかい肉体 わたしが人間であることを思い出させてくれる
言葉でいい 真心を書くのなら ありふれた言葉でいい 色はなくてもいい 精神を写すのなら 活字でいい 鍵は開いている
これがわたしの心臓です ずいぶんしなびて赤いのですが 白い洗濯物と一緒にぶら下がっている わたしの一つしかない心臓です 風の鳴る夜は、シャツといっしょに 夜の夢が一杯つまった 洋服ダンスの中に いれておきます 出かける前は忘れずに 洗濯物といっしょに干しておきます ある朝二羽のヒヨドリが来て啄んだ ... 続きをみる
冬 曇天の空に 雨が降る 痩せた 形ばかりの人間が 草の枯れた川原にしゃがみこんでいる こわばった頬に雨があたる おお 冷たさに身を震わすのだ この人間の形をしたものは もっと冷たい空洞が 胸の奥に空いているというのに しばらくすれば体は冷えきり 風邪を引いてしまうだろう 彼は持っていたライターで ... 続きをみる
幼いとき 月と太陽は同じものだと思っていた 昼はさんさんと輝き 夜になると静まり微光を放つ そんな芸当ができる天体を ぼくはただただすばらしいと感じていた それでは 昼と夜の区別はどうつけているのか 当時のぼくにはそれが説明のつかない難問だった あるとき ぼくは真昼間に月を見た 夜見るよりも白っぽか... 続きをみる
秋の日の午後 透き通った影を落としながら 雲が動いて行く その向こうに連なる紅葉した山々 並木道の銀杏はやわらかい午後の光を吸い込み しずかに澄んだいきを発散する 束の間の美を 現出するために しだいに緊張していく それら 雲 木 山 影 はるかな鳥 その白い流点 あのなだらかな丘の上でおにぎりを食... 続きをみる
なんとも奇妙な夕焼け空だ 雲が空と化学反応を起こしたみたいに こんな醒めるような紫色の空は そういえば昔 図書館の天井まで届く窓から 見ていたことがあるよ 魂に色があるとしたら こんな色なのかなとぼんやり見つめていたっけ 人類が始めて火を手に入れたとき 空はこんな色で 人類を祝福したのかもしれない ... 続きをみる
海と陸とが接するさかいにかつて砂浜があった あそこの突堤まで綿々と打ち続く砂浜があった けれども今はわずかな砂地が残り わたしはそこに座り 永遠の太陽が沈むのをまっている 太陽が海に没するとき高い波がこの海岸に打ち寄せ わたしのたましいは海にさらわれるのだ ヴァニティーが邪魔をしないなら わたしはシ... 続きをみる
あの暗闇のしずけさに するどい耳を澄ませば 千万個の岩を穿って 死人たちのほの憂いつぶやき声が 聞こえてくるのだろう
驚きは束の間のこと そう 思いがけず山肌が間近に見えた春の朝 見つめ合った瞳が同時にきらめいた夏の夜 薄の穂がさんさんとゆらめていた秋の夕べ 隣家のピアノがひどく澄んで聞こえた冬の午後 驚きは束の間のこと そう そして古びぬもの
今 桜の盛りです あなたに読んでもらいたい 幾つかの詩がありました けれども もう それは叶わなくなりました あなたの御霊に幸いがありますように では お休みなさい 大岡さん
夜はうつろな吐息を吐いた 父は寝床で病んでいた ぼくは古代を思い出していた おそらくは母の胎内にいた頃の 出来事のことを 朝は透明な叫び声を上げ 船に乗ってやってきた ねつとりとしたこころを 幻想の海に浮かべながら 日が暮れるまで ぼくは一個の知的パロディーだった
目を閉じる 深まる闇に追いつこうとして 時をきざむ針の音 夢を象る鑿の音に似て しばらく あなたの静かな寝息をきいていたい 孤独という言葉が 裸になるまで
断層に突き当たった 世界はまるで相貌を変え 白くなった ああ この風景は どこかで見たことがあるよ デジャヴーではない デジャヴーという機械論ではない 菜の花が風に揺れ 海は銀色に輝く そうなのだ いつまでも 変わらない風景はいつまでも 古びずに新しい 断崖から放たれた グライダーのように アホウド... 続きをみる
電話でケンカをした 女は泣いた もう二度とあなたには電話はかけないと言った わたしは黙ることしかできなかった そうして 沈黙はまるで暴力のように二人を裂いた 電話は言葉を丸裸にする それは 現代の言霊 無言さえ反響する
1㎏原器は 神のように 何重もの頑丈な扉の向こう側に恭しく安置されている そう 計量できぬ一切のものを厳格に世界から排除する これは 現代の神である 呻き声が 聞こえはしないか 居場所を奪われた 無数の病んだこころたちの
比喩ではなく 地表を癒していく大きなやわらかな手 春 犬が小川を泳いでいる 無限がそそり立つとき 人々はまなざしを上にあげる 夏 木陰には蟻の巣がある 時間は旋回し 銀河に軸が通される 秋 公園のベンチで思想が成熟する 無意識の底に沈んだ記憶 美しい人々の足音が聞こえる 冬 時おり木枯しが吹く
信という選択 不信という不毛 喜びというせせらぎ 悲しみという海 文学という白日夢 哲学という留め金 科学というファンタジー 自己という流動体 証明という照明 深層という新層 思想という彫像 自由という女神 認識という征服 悟りという傾斜 生命という持続 それでは 世界とは
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「兄弟は苦しみを分け合うために生まれる。」箴言17:17
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