• 【楢本神社】 (ならもとじんじゃ) 奈良県生駒郡

    【楢本神社】 (ならもとじんじゃ) 奈良県生駒郡 式内社で梨本と吉新の氏神であるが、大正四年の神社調査書では、野間田明神または白山権現とも呼ばれたとある。社地は三十四坪で、南面した神社の広庭正面と右側面に参詣口がある。正面入口付近に鳥居と狛犬があり、東側入口にも鳥居と狛犬が並んでいる。 社前の割拝殿は、切妻造瓦茸で、通路の右側が板床、左が土間になっている。 本殿は桁行2.3m、梁間3m、朱塗りの春

  • 【平等寺春日神社】 (びょうどうじかすがじんじゃ) 奈良県生駒郡

    【平等寺春日神社】 (びょうどうじかすがじんじゃ) 奈良県平群町 平等寺と下垣内の氏神。祭神は天児屋根命。本殿は春日造り極彩色檜皮葺。 割拝殿の両側には数枚の絵馬が奉納されているが、左奥には、文久元年(1861)に下垣内の氏子が奉納した「なもで踊り」の絵馬がある。 雨ごいや順気祈願の満願の日に神前に奉納する踊りの様子を描いたものであるがすでに途絶えてしまい、その歌詞だけが伝わる。 「なもで」は、南

  • 【八幡神社】(やはたじんじゃ)奈良県吉野郡

    【八幡神社】(やはたじんじゃ)奈良県吉野郡 県道に面したところに石段があり、二百数十段程上ると社殿に達する。社伝によれば貞観四年、善城山頂字宮辻に奉斎したと伝えられている。延元の初め後醍醐天皇吉野山に皇居を構えられた頃、善城与市郎成喜これに朝仕した。よって綸旨、刀剣並に公文姓を賜わった。後村上天皇の時、成喜の男成喬、賀名生の皇居に勤仕したが、明徳三年南北の両朝一に帰し南帝都に御還輩の際、成喬は累代

  • 【甲神社】(かぶとじんしゃ)奈良県 吉野郡

    【甲神社】(かぶとじんしゃ)奈良県 吉野郡 祭神は、大己貴命、月讀命、素盞嗚命、保食命。 由緒 :古来、入鹿大明神とも称し、神体も三神像のほか蘇我入鹿の甲と鎧を祀ると伝える。 蘇我入鹿は皇統を脅かしたということで乙巳の変で殺されたのであり、罪なくして殺された訳ではないので御霊信仰の対象外、橿原市にも入鹿神社があり、三重県には七保神社に祀られている。この神社では祭神にはなっていないが、縁の物だ置かれ

  • 【丹生川上神社下社】(にうかわかみじんじゃしもしゃ)奈良県吉野郡 (3/3)

    【丹生川上神社下社】(にうかわかみじんじゃしもしゃ)奈良県吉野郡 祭神は、闇龗神 (くらおかみのかみ)。上古の由緒は不詳で、土地の古老の伝えに、丹生社の鳥居が洪水によって流されてきたので、それを拾って神体として祀ったのが創祀であるというが、当神社背後の丹生山山頂に、祭祀遺跡と思しき矩形の石群があること、また、社前を流れる丹生川流域には丹生神社が点在すること、かつては付近に、御酒井・五色井・吹分井・

  • 【丹生川上神社下社】(にうかわかみじんじゃしもしゃ)奈良県吉野郡 (2/3)

    【丹生川上神社下社】(にうかわかみじんじゃしもしゃ)奈良県吉野郡 祭神は、闇龗神 (くらおかみのかみ)。上古の由緒は不詳で、土地の古老の伝えに、丹生社の鳥居が洪水によって流されてきたので、それを拾って神体として祀ったのが創祀であるというが、当神社背後の丹生山山頂に、祭祀遺跡と思しき矩形の石群があること、また、社前を流れる丹生川流域には丹生神社が点在すること、かつては付近に、御酒井・五色井・吹分井・

  • 【丹生川上神社下社】(にうかわかみじんじゃしもしゃ)奈良県吉野郡 (1/3)

    【丹生川上神社下社】(にうかわかみじんじゃしもしゃ)奈良県吉野郡 祭神は、闇龗神 (くらおかみのかみ)。上古の由緒は不詳で、土地の古老の伝えに、丹生社の鳥居が洪水によって流されてきたので、それを拾って神体として祀ったのが創祀であるというが、当神社背後の丹生山山頂に、祭祀遺跡と思しき矩形の石群があること、また、社前を流れる丹生川流域には丹生神社が点在すること、かつては付近に、御酒井・五色井・吹分井・

  • 【龍泉寺】(りゅうせんじ)奈良県吉野郡 (6/6)

    【龍泉寺】(りゅうせんじ)奈良県吉野郡 真言宗醍醐派大本山のお寺で、大峯山寺の護持院です。白鳳年間、大峯開山役行者が大峯修行のとき、麓の洞川で岩場の中からコンコンと水が湧出る泉を発見されました。現在でこそ穏やかな池ですが、役行者が発見した頃は底も見えないほど深く青く澄みきった泉だったと云われております。役行者がこの泉の辺に八大龍王尊をお祠りして、水行をしたのが、龍泉寺の始まりであると伝えられていま

  • 【龍泉寺】(りゅうせんじ)奈良県吉野郡 (5/6)

    【龍泉寺】(りゅうせんじ)奈良県吉野郡 真言宗醍醐派大本山のお寺で、大峯山寺の護持院です。白鳳年間、大峯開山役行者が大峯修行のとき、麓の洞川で岩場の中からコンコンと水が湧出る泉を発見されました。現在でこそ穏やかな池ですが、役行者が発見した頃は底も見えないほど深く青く澄みきった泉だったと云われております。役行者がこの泉の辺に八大龍王尊をお祠りして、水行をしたのが、龍泉寺の始まりであると伝えられていま

  • 【龍泉寺】(りゅうせんじ)奈良県吉野郡 (4/6)

    【龍泉寺】(りゅうせんじ)奈良県吉野郡 真言宗醍醐派大本山のお寺で、大峯山寺の護持院です。白鳳年間、大峯開山役行者が大峯修行のとき、麓の洞川で岩場の中からコンコンと水が湧出る泉を発見されました。現在でこそ穏やかな池ですが、役行者が発見した頃は底も見えないほど深く青く澄みきった泉だったと云われております。役行者がこの泉の辺に八大龍王尊をお祠りして、水行をしたのが、龍泉寺の始まりであると伝えられていま

  • 【龍泉寺】(りゅうせんじ)奈良県吉野郡 (3/6)

    【龍泉寺】(りゅうせんじ)奈良県吉野郡 真言宗醍醐派大本山のお寺で、大峯山寺の護持院です。白鳳年間、大峯開山役行者が大峯修行のとき、麓の洞川で岩場の中からコンコンと水が湧出る泉を発見されました。現在でこそ穏やかな池ですが、役行者が発見した頃は底も見えないほど深く青く澄みきった泉だったと云われております。役行者がこの泉の辺に八大龍王尊をお祠りして、水行をしたのが、龍泉寺の始まりであると伝えられていま

  • 【龍泉寺】(りゅうせんじ)奈良県吉野郡 (2/6)

    【龍泉寺】(りゅうせんじ)奈良県吉野郡 真言宗醍醐派大本山のお寺で、大峯山寺の護持院です。白鳳年間、大峯開山役行者が大峯修行のとき、麓の洞川で岩場の中からコンコンと水が湧出る泉を発見されました。現在でこそ穏やかな池ですが、役行者が発見した頃は底も見えないほど深く青く澄みきった泉だったと云われております。役行者がこの泉の辺に八大龍王尊をお祠りして、水行をしたのが、龍泉寺の始まりであると伝えられていま

  • 【龍泉寺】(りゅうせんじ)奈良県吉野郡 (1/6)

    【龍泉寺】(りゅうせんじ)奈良県吉野郡 真言宗醍醐派大本山のお寺で、大峯山寺の護持院です。白鳳年間、大峯開山役行者が大峯修行のとき、麓の洞川で岩場の中からコンコンと水が湧出る泉を発見されました。現在でこそ穏やかな池ですが、役行者が発見した頃は底も見えないほど深く青く澄みきった泉だったと云われております。役行者がこの泉の辺に八大龍王尊をお祠りして、水行をしたのが、龍泉寺の始まりであると伝えられていま

  • 【洞川八幡神社】(どろがわはちまんじんじゃ)奈良県吉野郡

    【洞川八幡神社】(どろがわはちまんじんじゃ)奈良県吉野郡 この八幡宮は、天智天皇六年(667)役の小角が大峯山入峰にあたり守護と祈誓成就のため祭祀したと伝えられている。それ以来、洞川の氏神さまとして宮参りや厄年参りなど永く人々に親しまれてきている。 社殿の近くには、樹齢千年をこえる杉やケヤキの大木がみられる。10月の秋期大祭は、神輿や餅まき、奉納演芸などでたいへん賑わいとなる。(説明板より) この

  • 【桂原八幡神社】 (かつらはらはちまんじんじゃ)奈良県吉野郡

    【桂原八幡神社】 (かつらはらはちまんじんじゃ)奈良県吉野郡 ご祭神は、誉田別命(別名 応神天皇)。黒滝川の支流の笠木川に沿った桂原集落、国道309号線のすぐ西岸に鎮座する。橋の向かいが神域で、すぐ上に拝殿が見える。社前の川の両岸壁に〆縄を張って渡し、この川の流れを清めたと伝えられている。創立年代等不明であるが、境内には桂原の地名の起源とされるカズラ(葛)の古木が茂り、古い木造神像や天明七(一七八

  • 【延命寺】(えんめいじ)奈良県吉野郡大淀町

    【延命寺】(えんめいじ)奈良県吉野郡大淀町 正式には、地蔵山慈光院延命寺。慈光院操誉智順大法尼が「延命地蔵大菩薩」を本尊として、大正11年に開山され、扉のない山門は地蔵菩薩の広大無礙の本願を現したもの。 所在地: 〒638-0812 奈良県吉野郡大淀町桧垣本1280 最寄り駅は近鉄下市口駅です (撮影:2017/10/26)

  • 【阿吽寺】(あうんじ)奈良県御所市

    【阿吽寺】(あうんじ)奈良県御所市 由緒:このあたり一帯は、万葉に歌われた巨勢山である。平安時代に巨勢川が氾濫して、里民が非難に窮した時、阿吽法師なるものが来て、これを救済したので人民は、法師を崇めて玉椿精舎に請住せしめたという。玉椿精舎とは、巨勢寺のことでこれから阿吽寺の名が起り、巨勢寺の一子院となったものと考えられる。 貞治元年火災で全焼し、以来荒廃して二六〇年、江戸時代初期に再建されている。

  • 【巨勢山口神社】(こせやまぐちじんじゃ)奈良県御所市

    【巨勢山口神社】(こせやまぐちじんじゃ)奈良県御所市 祭神は、伊弉諾尊(イザナギ)・伊弉冉尊(イザナミ)。旧葛義国・和州葛上郡古瀬邑巨勢山に鎮座延喜式内大社で延喜式が制定されたのが西暦九二七年ですから今より遡ること千年以上、更にそれ以前少なくとも五百年以前に御鎮座されたと仮定すれば今より一千六百年以上の昔より、お祀りされております。 延喜式には県内十三社の山口神社の名があり時の朝廷も山の神を敬崇さ

  • 【長柄神社】(ながらじんじゃ)奈良県御所市

    【長柄神社】(ながらじんじゃ)奈良県御所市 祭神は下照姫命 (したてるひめのみこと)。 文献では他の祭神説として、事代主命説や高照姫命説が挙げられている。事代主命説は『新撰姓氏録』大和国神別 長柄首条において長柄首(長柄氏)の祖を「天乃八重事代主神」と記すことによるもので、高照姫命説は「長柄比売神社」の俗称のある葛木御歳神社が高照姫命を配祀することによるものである。元々は長柄首が祖神を祀ったが、の

  • 【葛城一言主神社】(かつらぎひとことぬしじんじゃ)奈良県御所市 (2/2)

    【葛城一言主神社】(かつらぎひとことぬしじんじゃ)奈良県御所市 祭神は葛城之一言主大神(かつらぎのひとことぬしのおおかみ) - 主神。幼武尊(わかたけるのみこと) - 第21代雄略天皇。 明治の『神社明細帳』では事代主命・幼武尊の2柱とするが、『大和志料』では一言主神に雄略天皇の配祀とする。『延喜式』神名帳での祭神は1座で、同帳に「葛木坐一言主神社」と見えるように元々は一言主神1柱を祀った神社とさ

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