• 【臍の王神社】(へそのおうじんじゃ)大阪府大東市

    【臍の王神社】(へそのおうじんじゃ)大阪府大東市 この【臍の王神社】(へそのおうじんじゃ)は、大阪府大東市野崎4丁目6−1 の「四条南小学校」の東150m程辺りの小さな山の上に鎮座しています。臍の緒を祀り、安産・家内安全・夫婦和合・子孫繁栄を祈願する神社です。コンクリート製の鳥居をくぐって草木が茂った急な坂を登っていきます。2,3分で薄暗い山の中にまたコンクリート製の鳥居が見えてきます。 看板には

  • 【峠八幡神社】(とうげはちまんじんじゃ) 大阪府柏原市

    【峠八幡神社】(とうげはちまんじんじゃ) 大阪府柏原市 大阪府柏原市峠に鎮座する【峠八幡神社】(とうげはちまんじんじゃ)です。延命地蔵尊(畑地蔵尊)が石段の横にあります。石段をあがって鳥居を抜けると正面には本殿が見えます。参道石段脇に設置された柏原市教育委員会の説明板によると、神社前の道が江戸時代の亀瀬越奈良街道であると書かれていました。この神社についての由緒等は不明です。延命地蔵尊は格子戸が施錠

  • 【藤井八幡神社】(ふじいはちまんじんじゃ)奈良県北葛城郡

    【藤井八幡神社】(ふじいはちまんじんじゃ)奈良県北葛城郡 奈良県北葛城郡王寺町の藤井集落の奥に【藤井八幡神社】(ふじいはちまんじんじゃ)があります。藤井の集落地を通って南西方向へ進みます。説明板によるとこの神社は、「明神山第一トンネルの近くに祀られているこの社は、旧亀瀬・藤井村の村社として古くは、現在地から西の奥にあって昭和6年11月から約5ヶ月にわたる大和川の隆起に伴い、鉄道の変線で現在地に移転

  • 【住吉平田神社】(すみよしひらたじんじゃ) 大阪府四條畷市

    【住吉平田神社】(すみよしひらたじんじゃ) 大阪府四條畷市 四条畷駅を降りて道路に立つ白く大きな鳥居をくぐり、山の方を目指して真っ直ぐの坂を上った所にある四条畷神社の参道階段手前から北へ5分程歩くと、【住吉平田神社】へ着きます。 この神社の創建は『神社由緒記』には「平安初期の寛平・延喜年間(889~923年)の頃、飯盛の麓に鎮座したとあるが、往昔のことは不詳である」としている。 1815年(文化1

  • 【天児屋根命(あめのこやね) 比売大神(ひめのおおかみ) 武甕槌神(たけみかづち)】 東大阪市上四条町

    【天児屋根命(あめのこやね) 比売大神(ひめのおおかみ) 武甕槌神(たけみかづち)】 斎主神/伊波比主神(いわいぬし) ※[別称]経津主神(ふつぬし)  東大阪市上四条町、四条小学校の西側、駐車場のところに社があります。この社の前の看板に、「この社には天児屋根大神(旧氏神)、 比売大神・斎主大神、武甕槌大神(経津主神)の四柱の神様が祀られています。」と書かれています。由緒等、詳細は不明です。鳥居は

  • 【新世界稲荷神社】(しんせかいいなりじんじゃ)大阪市浪速区

    【新世界稲荷神社】(しんせかいいなりじんじゃ)大阪市浪速区 鳥居の側にあるのぼりは「稲荷大明神」となっていますが、なぜか鳥居の額には「福永大神」となっています。 この「新世界稲荷神社」は新世界誕生と同時期に京都の伏見稲荷神社から勧請され商売繁盛や新世界の繁栄を願って創建されたとの事です。戦前は通天閣の下に鎮座していたそうですが、通天閣が取り壊しになり二代目通天閣の再建と同時にこの場所へと移転された

  • 【ビリケン神社】 大阪市浪速区

    【ビリケン神社】 大阪市浪速区 新世界で串カツの横綱などが軒を並べる商店街の一角にひっそりとあります。小さいながらも真っ赤な鳥居は遠くからでも目立ちます。ビリケンというと通天閣の展望台にある置物が有名ですが、神社にもなっています。神社の横にある案内板にはビリケン神社の由来が書かれています。 ビリケン神社の由来について: 新世界の昔、遊園地・ルナパークにアメリカより伝わったばかりのビリケン様を祀った

  • 【金刀比羅神社】(ことひらじんじゃ)仲多度郡琴平町

    【金刀比羅神社】(ことひらじんじゃ)香川県仲多度郡琴平町 香川県仲多度郡琴平町の金刀比羅宮を総本宮とし、その主祭神である大物主神を祀る神社であり、日本全国に存在する。「神社」ではなく「宮」と称するものもある。江戸時代に船による流通が盛んになると、海運業者や商人によって金毘羅信仰が日本中に広められ、分社が各地に作られた。明治維新による神仏分離・廃仏毀釈によって神仏習合の金毘羅大権現は廃され、大物主神

  • 【信貴山 奥の院】 (しぎさん おくのいん) 奈良県生駒郡

    【信貴山 奥の院】 (しぎさん おくのいん) 奈良県生駒郡 米尾山福蔵寺。本尊は毘沙門天立像で、「汗かき毘沙門天」とよばれます。聖徳太子が排仏派の、物部守屋征伐に出陣した際、毘沙門天が太子軍の先頭に立って汗まみれになりつつ戦い、その活躍により勝利することができたといわれています。珍しい深沙大将立像も秘仏として祀られています。境内の奥には炭化して黒くなった「焼米」の出土地があり、厄除けのお守りに珍重

  • 【高安古墳群】(たかやすこふんぐん) / 高安千塚古墳群

    【高安古墳群】(たかやすこふんぐん) / 高安千塚古墳群 高安古墳群(たかやすこふんぐん)は、大阪府八尾市の東部、高安山の麓に分布する古墳群。「高安千塚古墳群」の名称で国の史跡に指定されています。八尾市の高安地区中部(千塚、山畑、大窪、服部川、郡川あたり)には約200基の古墳群が現存しており、その多さからこのあたりを「千塚」と呼ぶようになりました。 古墳時代後期の6世紀から7世紀にかけて造られ、大

  • 【東洋のマチュピチュ / 東成マイントピア別子】愛媛県新居浜市

    東洋のマチュピチュといわれる「マイントピア別子」は、愛媛県新居浜市の産業基盤の礎となった別子銅山の施設跡などを利用したテーマパーク。道の駅マイントピア別子を併設します。 最後の採鉱本部が置かれていた端出場地区を開発した端出場ゾーンと、最盛期の拠点であった東平地区を開発した東平ゾーンがあります。この場所へいくには山の曲がりくねった道を車で走るためバスのツアーをお勧めします。 所在地:愛媛県新居浜市立

  • 【神光寺】(じんこうじ)と付近一帯の「高安古墳群」/ 大阪府八尾市

    【神光寺】(じんこうじ)と付近一帯の「高安古墳群」/ 八尾市 大阪府八尾市の服部川の東方山腹に谷一つ隔て郡川の法蔵寺に相対して【神光寺】(じんこうじ)があります。正式には、医王山薬師院神光寺と称し、曹洞宗蔭涼寺末。享保年間(18世紀初め)に万徹和尚の開基で、薬師如来を本尊とし、本堂前に揚げてある「天玄堂」の扁額は、徳川光圀の帰依した東皇心越の書です。参道には桜並木があり、桜の名所として知られ、春の

  • 【高安古墳群周辺の古墳】大阪府八尾市

    【高安古墳群周辺の古墳】 大阪府八尾市 高安古墳群周辺の古墳に「愛宕塚古墳(あたごづかこふん)」があります。愛宕塚古墳は大阪府八尾市神立にあります。八尾市の東には高安山(488m)を含む生駒山地が南北に広がっています(金剛生駒国定公園)。高安山の向こうは奈良県になります。高安山一帯の山麓は旧高安郡に属し、愛宕塚古墳がある地は、扇状台地の高燥地です。愛宕塚古墳はこの扇状台地上の十三峠道の入口にありま

  • 【弓削道鏡と八尾市】 大阪府八尾市

    【弓削道鏡と八尾市】 大阪府八尾市 弓削道鏡(ゆげのどうきょう、?~772年)は奈良時代の高僧で、八尾市南部を拠点にしていた豪族・弓削(ゆげ)氏の出身です。「弓削(ゆげ)」という文字は、今も八尾市の地名に残っています。  弓削道鏡(ゆげのどうきょう)は、宮中での看病に功績があったとして称徳天皇(718年~770年)からの信任が厚く、太政大臣禅師、法王と次々と重要なポストを務めたといわれています。

  • 【さくら観音】奈良県生駒郡三郷町

    【さくら観音】生駒郡三郷町信貴山 「朝護孫子寺」のある奈良県生駒郡平群町の信貴山は桜の時期には満開になります。近鉄信貴山下駅で下車し奈良交通バスで10分でバス停に着きます。そのバス停の裏の小道に、桜の洞に入った小さくてかわいらしい【さくら観音】がいます。訪問したのは12月ですが、【さくら観音】は桜の季節を待っています。この観音様の前の道をまっすぐ進むと「朝護孫子寺」の仁王門が見えてきます。 場所:

  • 【黒髪大明神】(くろかみだいみょうじん)大阪市福島区

    【黒髪大明神】(くろかみだいみょうじん)大阪市福島区  公衆電話のように歩道の植え込みから突き出で祀らているのが【黒髪大明神】(くろかみだいみょうじん)です。日本でも珍しい神様です。発祥は奈良市奈良阪町の「黒髪山」と言われています。一本の柱のところに【黒髪大明神】とかかれています。ガラス戸はいつも閉まっています。中にはお供えものが置いてあります。小さいので神棚のような感じです。夜でもいつでも拝むこ

  • 書籍:「総図解 よくわかる 日本の神社」

    この本も図書館で借りました。内容は神社に関する基礎知識+全国の有名な神社の紹介です。神社は地域ごとにまとめられており、全316ページで詳しく解説しています。コンパクトなので神社を訪れるのに携帯しても良いと思います。

  • 四国で最大の前方後円墳頂上に鎮座する【妙見神社】

    四国地方で最大の前方後円墳、「富田茶臼山古墳」の 頂上に鎮座する【妙見神社】(みょうけんじんじゃ)です。階段の参道を登ると簡素な祠があります。 富田茶臼山(とみたちゃうすやま)古墳は、四国最大の前方後円墳で、道の駅「みろく」のすぐそばにあります。古墳の上にあった木は伐採されており、前方後円墳の形が分かりやすくなっています。古墳の東に公園があり、そこに駐車スペースがあります。 富田茶臼山古墳の特徴は

  • 高野山【霊宝館】(れいほうかん)和歌山県伊都郡高野町

    【霊宝館】(れいほうかん)は、高野山内の貴重な文化遺産を保存展観する施設として大正10年(1921年)に開設されました。この時に建てられた本館は、登録有形文化財として指定されています。国宝21件、重要文化財147件、和歌山県指定文化財16件、重要美術品2件、合計182件、約2万8千点弱を収蔵されています。 所在地:和歌山県伊都郡高野町高野山306

  • 高野山【徳川家霊台】(とくがわけれいだい)和歌山県伊都郡高野町

    高野山【徳川家霊台】(とくがわけれいだい)とは、徳川家康と秀忠をまつる東照宮をいいます。この場所は本来、聖派(ひじりは)の代表寺院である大徳院の境内だったのですが、大徳院自体は明治になって他の寺院と合併して現存しませんので、霊台だけが残りました。大徳院は、代々徳川家との関係が深い寺院で、後に家康によって、それまで蓮華院と呼んでいたのを、「大徳院」と改められたともいわれています。大徳院に東照宮を勧請

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