• 愛をもって

    YOGA記念すべき10回のレッスンが終わった。 とれなかったアーサナをとれようになると 単純だけどやっぱりうれしい 努力をして取れるようになったというよりは 意識を集中して 自分の身体を信じて そして毎日のストレッチを欠かさないでメンテナンスしていると 自然にとれるようになっていた 自分の意志でこの身体をこうしていくんだという意識が そんな行動になった それだけ やっぱり、自分の意識で変わるんだな

  • 自分の感じ方

    独りになることで 目や耳から入ってくる情報を遮断することで 自分に不要なものを拭って拭って 少し自分が見えてきた そう思っていた どんどん、自分が何でもできるような気がしていた だけど バランスが大事だったんだ これまでは一人になれなかったから気が付かなかったけど 人と接することで 自分の癖や 自分の抜け落ちている部分 そういう自分のいびつさ そんなものを思い知ることもある だから 頑なに独りにな

  • 【迷ったらネコに倣え!(=^・^=)? 】by 水木しげる ⇒チョイ非科学的内容です💦

    今日はBSでネコの歴史やってましたね、進化生物学が大好きなにゃーどですが、その観点より以外な部分で私がこのブログで述べているポイントを気づかされたのでそのまま転載します(=^・・^=) 困ったら迷ったら悩んだら鳥たち、猫たち、アリたちを見てみましょう!?意外と答えをくれるかもです         日本人は不安遺伝子が多い民族のようですので、何事でも脅迫的に『~なければならない』英語で言えば根拠のな

  • 仕事 迷い

    仕事をしていると思う。 マニュアル通りにこなす仕事。 私が居なくても困らない、誰でもできる仕事。 すぐに代わりの誰かが、ひょっとしたら自分よりも要領よくこなすかもしれない。 この仕事に魅力を感じないのは ここが原因なんだろうと思った。 ということは マニュアルなんてなくて創造的で 私にしかできない。 そんな仕事がしたいということが 私の本音なのかもしれないなぁ。 そう思うと ちょっと見えてきた方向

  • 五感

    ラン中に湧いた疑問 ラン中は 足元の泥濘や、時折眩しすぎる日差しや、 サイレンや、背後からくる人の声、自転車の音、 そんなものから身を守るために 五感が、私の身体の持っていきかたを知らせてくれる。 大切な大切な五感さま。 五感は 身体の危険を察知するためにできているのか?? ケガをしないように、しらせてくれる大事な器官・・ ただそれだけ?? いやいや。少し考えが浅かった。 五感は大切。 だって 心

  • ひとつ、棄ててみようか

    ひとつ、棄てれば  新しい認識が入ってくる 例えば、服 いらない服を捨てたら 着たかった服がわかってくる 思い出の品 かさばるものを捨てても 心の中に熱い想いはずっと消えずに残っている そうして得た認識は 嬉しいものが多い。 ただただ捨てられなくって持てあましていても 劣化していく、腐っていく 新しいものも入ってこないんだ。 いつまでも一時の私で止まってしまう。 もったいない。 時間は、皆に与えら

  • 感じ切ったら見えてくる

    嫌だと思うことを 耐えるのではなくって 嫌だと認識することができたから 嫌なことに対する対処がうまくなった 好きなことを我慢せず とことんしてみて、触れてみて 身体と心が心地よくなることがわかった 自分の 好き と 嫌い は 自分を確立するのに役に立つし、それだけでいい。 ああ、今、私、嫌だと感じている ああ、今、私、嬉しい、楽しいと感じている それだけで 自分の避けるべきこと 向かうべき道が見え

  • うちなー旅④

    ここでいっしょになにかしましょう!! 沖縄の旅についてきた同僚が、 ビーチに向かう途中で寄ったとあるカフェで言う。 彼女は、沖縄ではない、別のとある島に強烈に惹かれている。 私は、なぜか、沖縄。 地理的に、いろんな土地に詳しくないこともあり 旅の経験が少ないこともあり、 行きたいところとしてぱっと浮かんだのが沖縄だっただけなんだけど。 彼女の場合は、 とあるきっかけでその島の名前を知り、なぜか強烈

  • しばらく

    ずーっとこちらに来てなかった 今年に入ってから 時間があれば、YOGAとランに夢中になっていた 心がまたひとつ穏やかになってきた感覚がある 心と体はつながっているんだと、深く実感。 そして 普通に仕事しているときも、 YOGAやラン中のような 自分 の意識がずっと保っていられるようになった 目に見えるもの 聞こえてくる声 人のざわつき、エネルギー そこからひとつバリアに覆われた自分の身体があって

  • おススメしたい本

    最近は、スピリットが身近に感じています。 スピリットはけして怪しい物ではないと思えてきました。 このブログでもたびたび、スピリチュアルな事を書いてますし。 宗教的要素があるのかと問われると、そうではないのです。 この地球だって、宇宙の一部なら、私たちも宇宙の一部なのです。 そう考えると、自然の恩恵を受けている私たちは、感謝をしないといけないのです。 忙しくてそれどころではないと言う方も、どこかで時

  • 朝日から気づく

    ここ2週間ほど生活リズムが変わった 完ぺき朝型人間になっている まずは食が朝型になって もう、半年近くたっている。 夕食は軽く済ませ 朝食に白米、そしてメインディッシュ。 夜のランニングに重きを置いていたら 自然とこんな風になっていた。 ここのところは睡眠も朝型になるよう心掛けている。 夜に干していた家族の洗濯物も 少し忙しくなるけれど朝に干すようになった。 朝、朝日を気持ちよく感じながら、 一日

  • 12月

    忙しい12月。 クリスマスも終わって慌ただしく年末。 ・・・そんな世の中。 私はというと。 今月の結婚記念日、それも10周年の節目の年。 その日は同僚と仕事帰りに向き合ったYOGAに心をおき。 クリスマスイブにはかろうじて家族と食事したものの、 クリスマスケーキも作ったものの、 夜にはひとり、ランニング中に出会った 幻想的な美しい、だけどどこか怖気づいてしまうような夜空に心を奪われていた。 きっと

  • 小さな折り鶴

    今日は職場の忘年会。 いつも、疲弊する自分しかいなかった 周りに合わせて、精いっぱいだった。 自分のことを認められない中で 大勢の先輩に囲まれるお酒の席は 私には苦痛だったし、耐えるしかなかった。 よく頑張ってきてたねとおもう。 また今年も慌ただしくこのシーズンがやって来たと思いながらも いつもと違うワクワク感。 なにかいいことに気が付けそう。 また、大きく前へ踏み出せた自分を感じれるのじゃないか

  • 夕方ランニングをしていることもあり よく、月を眺めるようになった 周りの景色は変わるけれど ただずっとその日は形を変えない月。 その日のありようで、ただ、そこにとどまっている月。 意識を集中させるため 走りながら流れる景色を見ずに 集中してみていた空に浮かんでいた月だったけれど 不思議。 新月、三日月、半月、満月、 また半月、三日月、新月 その周期に合わせるように 自分を振り返るようになっていた。

  • どうしていきたいのか

    症状の重かった頃は 自分の好きなものは? という質問にさえ答えられなかった。 何を答えていいのかわからなかった。 食べ物では? と具体的に聞いてもらって、やっと チョコレート なんて答えていた そんな自分に、これからどうしていきたいですか? なんて 答えが見つかるはずもなかった。当然。 最近になって、自分はどうしていきたいのかという 自問自答を繰り返すようになって。 今となっては、もう、考える・・

  • 秋のメッセージ

    すべてありのままでいい すべてのものが、ただそこにあるだけでいい 自然の教えてくれたメッセージ それを素直に自分のモノにできてから 私は格段とよくなった 自分の存在を認めることができるようになり、 そうすることで他人のことも受け入れることができるようになった すべて、そのままありのまま。 それだけですべてがみたされる。ということ 大人の、人間の作り出した 常識、理屈の色眼鏡で見ようとするから 多く

  • おもうということ

    誰かのために 何かをしている自分 本当にその人のためなのかなんて 相手にしかわからない だったら 自分が こうしたいという思いを大切に その姿を見て、誰がどう思うのかはわからないけど 少なくとも、自分は一番輝いていられる だから 本当に私のしたいことを、 間違えないように ぶれないように  大切に見つけていきたい 入ってくる雑音にごまかされないように 目で見えるものに騙されないように 自分以外の何

  • 未来は明るい

    AIに仕事が乗っ取られて これからの時代は職業が減るってよく言われているけど 私もそのとおりだと思っていたけど もしかしてそうではないのでは・・? 仕事を、どう見るのかっていうことかな。 仕事を、他人との競争社会の中で、勝ち取るものだという認識の中にいるのなら確かにAIに取られる仕事は出てくる。 けど、きっと仕事って、自分にできる、かつ自分にしかできないオンリーワンの使命なんだよね 効率性を求める

  • 幼少期の記憶4

    人間に生まれてきちゃってごめんなさい。 だって人間は、動物を殺して食べて、自然を壊して自分たちだけの都合の良いように変えてしまう悲しい生き物だから。 私が生まれてきてまたそんな人間が一人増えてしまったんだね。 本当にごめんなさい。 人間に対して浅はかで悲しいもの、という印象があった。 そして自分も、人間である以上死ぬまでそこからは逃れられないと思い込んでしまっていた。 意識次第で変わるという知恵も

  • 幼少期の記憶3

    私たちは 人間に見えているけど 実は、もっともっと巨大生物のなかの一部の物体で 私たちは、人間の形をした、その巨大生物のなかの 赤血球のようなものかもしれない。 (当時、赤血球という言葉はまだ知らなかっただろうし、 おそらく決まって動くものとして血液の中を構成するなにか、と考えていたように思う) 人間を、決まったレールの上を あらかじめ決められたようにしか動くことのできない、 心も持っていないよう

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